腫瘍内科医のひとりごと 82 「医療本来のあり方がここにある」

佐々木常雄 がん・感染症センター都立駒込病院名誉院長
発行:2017年10月
更新:2017年10月

  

ささき つねお 1945年山形県出身。青森県立中央病院、国立がんセンターを経て75年都立駒込病院化学療法科。現在、がん・感染症センター都立駒込病院名誉院長。著書に『がんを生きる』(講談社現代新書)など多数

ある日、A医師の往診に付いてGさんのお宅に伺いました。

「私はもう78歳。山岳もやった、盆栽も楽しんだ。人生に悔いはない、いつ死んでもいい。延命治療はいらないです」

「家は、ほとんど動かなくてもいいようにコンパクトに改修しました。幸い妻はまだ大丈夫そうだし、病院に入院するより、此処で最期を迎えたいと思います」

「お腹にできた悪性リンパ腫に、通院で6回放射線治療をしたが食べられなくなってきました。一昨日からほんのわずかしか食べていません。この下痢はどうしたものだろう。放射線治療の副作用だろうか?」

「放射線治療は1日おきだが、治療の病院までは車で1時間半もかかる。明日は行きたくない。この家で過ごしたい」

「入院して、長く点滴したりして生き延びるより、このまま治療しないで終わりたい」

数日でこのまま亡くなってもかまわない、そんな雰囲気でした。

それでも話は続きました。

「このまま、死んでもかまわない。でも、放射線治療が効いているのかどうかわからない。困ったのはこの下痢と食べられないことだ。どうしてだろう。放射線治療のせいかな」

A医師「放射線治療は少し休んでみましょう。下痢で食べられないなら、私の診療所から点滴を持ってきてここで行ってもいいし、診療所に入院してもいいですよ。いずれお腹のリンパ腫がどうなったか治療の病院のCTで確かめてみましょう」

Gさん「そうですね、このまま死んでも構わないが、リンパ腫がどうなったか、下痢の原因もどうしてなのか確かめたい」

A医師「明日、連絡し合いましょう。点滴持ってきてもいいですよ」

診察したり、お話を聞いたりで約1時間半、その日は帰りました。

A先生の優しさ

翌日、A医師の診療所にGさんから電話がきました。

「背中にポツポツ赤い斑点ができた。どうしたものか、チクチクする。娘が診療所に車で連れてってくれる」とのことでした。

A医師の診断は帯状疱疹でした。

「点滴治療で、きっと痛みの後遺症なしで治るでしょう。入院してみましょう」

帯状疱疹の治療ということで、すんなり入院して点滴治療をすることになりました。

帯状疱疹は数日でよくなり、この間、十分な点滴して、放射線治療を休み、下痢もよくなり、食欲も出てきて、体調は良くなってきました。

入院しているA先生の診療所の優しさ、雰囲気が気に入ったこともあってか、今度はさらに入院を継続されることを希望されました。

診療所に入院したまま、放射線治療の病院へ通院し、ついにはCTでもリンパ腫の塊は無くなって元気になられました。

体調の悪いときは「いつ死んでもいい。悔いはない。入院も嫌だ」と話していたが、入院した所がとても気に入ったようで、もっと入院していたい。そして、体調が良くなると死ぬ話はなくなる。当然のことです。Gさんは自分の気持ちを正直に話されたように思います。そしてA医師は、Gさんの気持ちによく合わせてくれている。

これが医師の真の優しさであり、思いやりなのだ。

私は医療の本来のあり方をここに見た気がしました。

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