腫瘍内科医のひとりごと 84 「再び、ひとり山を眺めて」

佐々木常雄 がん・感染症センター都立駒込病院名誉院長
発行:2017年12月
更新:2017年12月

  

ささき つねお 1945年山形県出身。青森県立中央病院、国立がんセンターを経て75年都立駒込病院化学療法科。現在、がん・感染症センター都立駒込病院名誉院長。著書に『がんを生きる』(講談社現代新書)など多数

Bさん(70歳男性、元小学校校長、独居)は、北アルプスの麓の里に住んでいました。小学校は廃校になってしまい、空き家の多い田舎となりましたが、なにも考えずに山を眺めているのが好きでした。しかし、自宅から村の診療所までは、長い細い道が続き、歩くと30分ほどかかりました。

1カ月前から食欲がなく、時々下痢がありました。診療所を受診したところ、超音波検査で腹部に腫瘤様の影を認めたため、町のEがん拠点病院を紹介されました。

E拠点病院の消化器内科担当医から、「膵がんの疑いがあります。体調が悪いようですので、入院しての検査がよろしいかと思います」と言われました。

Bさんは不安でしたが、体力的にも入院しての検査が楽だろうと思い同意し、入院となりました。

入院2日後、病室にS看護師が来て、「1人で暮らされているようですが、退院後にどうされますか?」と言われました。

Bさんは、「まだ診断も治療方針も決まっていないのです」と答えました。

手術になるのかどうか、なにも決まっていないのに、看護師が退院の話をしに来るなんて、とBさんは少し不愉快に思いました。それでも、どんな治療になるにせよ、良くなれば当然自宅に帰るつもりでおりました。

S看護師は、「ここの病院は急性期の病院で、入院期間は短いのです。私は退院の調整を担当させていただいております」と言って行かれました。

診療所では出来ない治療

翌週、担当医からCT、内視鏡による膵管造影などの検査結果で膵がんと診断され、がんの進行した状態から手術は無理で、抗がん薬治療、その後放射線治療も行うという提示がありました。

治療は診療所では無理で、E拠点病院に入院か通院しないと出来ないということでした。「下痢、食欲低下などの症状があるので、まずは、入院したままで治療を開始してはどうですか?」との提案があって、Bさんは「お願いします」と同意しました。

入院中、抗がん薬治療を行っていたあるとき、雑談をしているうちに、S看護師は昔自分が勤めた小学校の生徒であったことがわかりました。

S看護師は、「最近は病院経営も大変で、人手も足りなくて。この病院の平均入院期間は14日なのです。Bさんは長くなるようですね」とも言われました。

結局、入院期間は約3カ月に及びました。しかし、実際には担当医と相談して、放射線治療の直前に一旦退院し、自宅までは遠いので町の旅館に2泊して再入院となったのでした。

院内をあちこち歩いているうちに、廊下の職員用掲示板の「退院困難と思われる例の退院成功例の検討会」「独居でも寝たきりでも在宅は可能」などの文字が目につき、自分のことも話題になっているのではないだろうかとも思いました。

がんを抑え込めたようで、下痢も止まり、退院のときには食事も摂れるようになりました。Bさんはこの先の不安はありましたが、急なときの連絡法などを聞き、診療所への診療情報提供書をもらって、感謝しながら自宅に戻ってくることができました。

Bさんは、また山を眺める生活が始まりました。山頂は雪で覆われ、夕陽が射すと赤々と光っていました。

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