腫瘍内科医のひとりごと 87 「少ない医療資源の有効活用⁈」

佐々木常雄 がん・感染症センター都立駒込病院名誉院長
発行:2018年3月
更新:2018年3月

  

ささき つねお 1945年山形県出身。青森県立中央病院、国立がんセンターを経て75年都立駒込病院化学療法科。現在、がん・感染症センター都立駒込病院名誉院長。著書に『がんを生きる』(講談社現代新書)など多数

高校の同級生だったY君は、進行した肺がんで骨に転移があり、痛みの治療である病院の緩和ケア病棟に入院し、放射線治療を受けました。

先日、退院したY君と久しぶりに一緒に食事をする機会がありました。

Y君は少しお酒を飲まれて、「自分の命は長くない」と言ってから、こんな話をされました。

「自分は、小さい頃から人目を気にして生きてきた」

学生の頃は友だちから、会社に入ってからは上司に、いつも「要領が悪い」と言われ続けた。要領が悪いのは自分自身でもそう思ったが、どうしようもない。

40歳を過ぎてからは労務管理担当に配属され、組合対策、人減らしを仕事とした。

会社の部屋の壁には、「少ない資源の有効活用」と大きく書かれた文字。それを毎日見て、上司から「効率性優先」「資源の有効活用」と、耳にタコができるくらい言われた。

50歳過ぎた頃からは、こんどは自分が後輩に「少ない資源の有効活用」と言ってきた。そして、いつも営業の目標数値が頭にあり、それを気にして生きてきた。

定年退職となったとき、会社の経営状態が悪くて退職金は思ったよりも少なかった。その代わり、給料は少ないが嘱託として75歳まで働いてよいと言われた。

会社で散々言われたことを病院でも

そして、今回がんになってしまって、背中が痛くて緩和ケア病棟に入院した。有難いことに痛みが少し和らいだとき担当医師から、「痛みが薄らいだようですから、退院してください」と言われた。

自分としては、もう少し入院したまま様子をみたかった。

渋った私の顔を見てかどうか、「自宅で様子を見ましょう。ここはたくさんの患者さんに利用いただかなくてはなりません。『少ない資源の有効活用』が必要なのです」と言われた。

「少ない資源」とは、ホスピスのベッド数が少ないことらしいが、自分が会社でずっと何十年も頭にこびりついた「少ない資源の有効活用」。驚いたことに、この言葉を担当医から言われたのだ。

もちろん迷惑をかけられないし退院したが、「緩和ケアの世界までも、死が近い患者を相手にしてまで〝効率、効率〟なんですかね。自分の人生の最期は、もう人の目なんか気にしないで、生まれつきの要領の悪さも露呈して、効率なんて忘れて、わがまま言って生きようと思っていたんだが、ここで『少ない資源の有効活用!』をまた思い出しちゃったよ」と。

担当医の終末期の患者への言葉

終末期においても優しさが足りなくなってきているのだろうか?

日本はもっと貧乏な時代であった頃でも、終末期の患者に対して担当医が「資源の有効活用」の言葉を話すことはなかった。死の直前になった場合でも、患者と担当医の関係には、惜しむ心、惜しみ惜しまれながら〝もののあわれ〟を感じとる心があったと思う。いまではそのようなことは考えないのだろうか?

Y君「でも痛みはなくなったし、医学の進歩というか、有難い、感謝しているよ。お蔭で今年も桜を見ることが出来そうだよ。わが家の傍に桜の古木があってさあ、芽が膨らんでもうすぐ咲きそうだよ。電線に架かっていた枝が太い所から切られてしまったけど、大木だから満開になったら、花が息もつけないほど空を覆うんだよ」

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