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腫瘍内科医のひとりごと 91 「がん医療とAI」
Aさん(女性48歳、胃がん、主婦)は、1カ月前にS病院で胃を3分の2切除する手術を受けました。退院後に担当医から「病理診断の結果、胃に接するリンパ節に転移がありましたが、それでもステージ1です。再発予防のための抗がん薬治療は必要ありません」と言われました。
Aさんはそれでも心配になり、Eがん専門病院でセカンドオピニオンを受けることにしました。
E病院胃腸外科のG医師には、「『ガイドライン』では、ステージ1では手術後の化学療法は勧めていません。化学療法は行いません」と言われたそうです。
そして、「ガイドライン」が書いてある数枚のプリントを渡されましたが、それは手術をしてくれたS病院の担当医からもらったものと同じでした。
そのときの様子をAさんは、「G先生はパソコンばかり見て、患者の私と顔を合わそうとしないのです。私の悩み、不安を少しもわかってくれない。こんなことなら医者でなくて、AI(人工知能)を持ったロボットが座っていてくれたほうが、腹が立たないようにも思います」と言われるのです。
AIは、考え、認識・理解し、人間のような判断ができるとされています。AIは囲碁のチャンピオンにも勝つ時代、そして、先日の選挙では*AI市長候補が話題となりました。
たくさんの過去データを学習したAIは、医師が診断や治療法を長時間考えるよりも、短時間に結論を導ける能力があり、医師の経験に基づいた勘よりも正確かもしれない。そして、手術にしても、AIをもったロボットによる手術のほうが正確かつ安全かもしれない。
これからのがん医療は、個々の患者のゲノム解析で、がんの発生、再発の可能性も知ることになり、遺伝子パネル(がんに関連する遺伝子変異と融合遺伝子変異)を調べて適切な治療薬を選べる時代になる。これもAIが活躍する時代になるように思います。
大切なのはAIをいかに利用した医療ができるか
先日、1年に1度、気の合う仲間5人の集まりで、AIのことが話題になり、いろいろな意見が出ました。
自動運転自動車では、乗っている人は機械に命を委ねるのだ。
しかし、AIを活用した診療で医師は必要なくなって、患者は機械に命を委ねることができるか? AIは、患者の目を見て、瞳孔の変化、表情の変化を見て、心まで読むようになるのだろうか?
人間には、情、魂、祈り、そして限られた命があるが、それはAIにはない。
〝患者と一緒に悩む〟それが臨床医であり、医師としての生き甲斐でもある。そこに患者の信頼があり、血の通った医療なのだ。AIは患者と一緒に悩めない。
結局は、AIを選ぶか、人間の医師を選ぶかの二者択一ではなく、医師はAIをいかに利用した医療ができるか、それが大切なのだと私は思いました。
会合が終わって家に帰ると、その日の夕刊に、最近亡くなった、*『苦海浄土』を書かれた石牟礼(いしむれ)道子さんの記事がありました。
「熊本・水俣には昔からひと様の苦しみを我がことのように受け止めてしまう人たちがいて、『もだえ神さま』と呼ばれていました」と語られたという。
きょう集まった医師たちは、がんの終末期の患者さんの悩みを、苦しみを、我がことのように感じて、毎日、夜中でも粉骨砕身(ふんこつさいしん)し、診療してきた仲間だ。みんな「もだえ神さま」なのだ。AIは「もだえ神さま」にはなれない。
*AI市長候補=2018年4月の多摩市長選挙で行政へのAI導入を訴えた候補、結果落選した。なお、AIは99.99%の確率で落選することを予想していた
*『苦海浄土——わが水俣病』1969年 講談社。水俣病患者の苦しみや祈りを結果共感を込めて描いた小説