腫瘍内科医のひとりごと 97 「挑戦してこそ得られる結果」

佐々木常雄 がん・感染症センター都立駒込病院名誉院長
発行:2019年1月
更新:2019年7月

  

ささき つねお 1945年山形県出身。青森県立中央病院、国立がんセンターを経て75年都立駒込病院化学療法科。現在、がん・感染症センター都立駒込病院名誉院長。著書に『がんを生きる』(講談社現代新書)など多数

がん化学療法で、最近すこし気になることがあります。

医師の治療ガイドラインの標準治療。それが最も大切で、標準治療が効かなくなったら緩和を勧める、それが規定路線。それで何ら問題はないのかも知れないのですが、そこに、患者本人が「治りたい」という意思は尊重されているのだろうか?

「病状からも、このままではダメなのは明らかだ。それなら頑張ってみよう」

「大変かもしれないが、やってみなければわからないし、助かるかも知れない」

そういう場面での挑戦が少なくなっているような気がするのは、私だけなのでしょうか?

冒険・挑戦の化学療法が奏功

自分の若い頃の思い出を書きます。

「今年は落ち着いていて、入院患者に終末期の重症者はいないし……。正月当直に当っているのは1日だけだから、今年こそは平穏な正月を迎えられるかな?」

と、私は内心思っていても、年末になって他病院から重症患者を依頼される。結局、普段、日曜日がないのと同じように、正月でも毎日、毎日、出勤することになるのでした。

ある年の12月24日。Aさん(28歳女性、服飾店員)は、全身痛、高度な貧血と止まらない歯肉出血、鼻出血、下肢出血斑があり、某病院から「急性白血病の疑い」として紹介されて来ました。

血小板数は1万しかなく、すぐに骨髄穿刺(こつずいせんし)をすると、がん細胞の塊がたくさんみられました。骨髄がん症(骨髄にがんが転移している状態)で、胃内視鏡では胃がんが見つかりました。低分化型胃がんが、全身の骨髄に転移し、出血が止まらない播種(はしゅ)性血管内凝固症候群(DIC)という状態でした。

このような場合、ほとんどの病院では終末期と判断し、輸血を行ったとしても、緩和的な治療だけで諦めるのが常識だったと思います。

Aさんは血小板数が1万しかないが、抗がん薬治療をする——冒険、挑戦でした。

しかし、助かる道はそれしかない。しかも、私は、内心「治療で勝てる、負け戦ではない」と思っていました。

当時から多くの胃がん患者の化学療法を行っていた私は、参考にする文献はないのですが、このような低分化型の胃がんこそ化学療法がむしろ効きやすいと考えていました。

DICに対する治療(血を固まらせない治療、輸血、血小板輸血等)と並行して、抗がん薬治療を行いました。Aさんは全身痛と、血が混じった唾液が固まって窒息する危険もあり、生死をさ迷った年末でした。

しかし、正月に入って急激に治療効果があらわれ、出血も止まり、身体も楽になったのです。何よりも、あの苦痛に喘(あえ)いでいたAさんに笑顔がみられるようになりました。

Aさんは、約3週間後には血小板数16.7万まで回復。貧血、全身痛も改善。1カ月後には退院して、職場に復帰できたのでした。病気が完全に治ったわけではなく、約6カ月後には、再度悪化しましたが、このような治療は緩和的化学療法としてとても有用でした。

1月3日、落ち着いてきたAさんの状態をみて、安心できた私は、午後に一家4人で近くの神社に初詣に行きました。着物姿の幼い娘と息子は何も知らないのですが、破魔矢の鈴の音に合わせて、私と一緒に大声で「大丈夫だ!」を繰り返しながら帰りました。妻は「恥ずかしい」と呆れていました。

低分化型=低分化細胞は、増殖が速い傾向がある
播種性血管内凝固症候群(DIC)=様々な基礎疾病のため、本来出血しているところのみで生じるべき血液凝固反応が、全身の血管内で無秩序に起こる症候群。進行すると血小板などが消費され欠乏状態になり出血症状が現れる

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