腫瘍内科医のひとりごと 102 透析〝いのちの最大限尊重〟の問題

佐々木常雄 がん・感染症センター都立駒込病院名誉院長
発行:2019年6月
更新:2019年6月

  

ささき つねお 1945年山形県出身。青森県立中央病院、国立がんセンターを経て75年都立駒込病院化学療法科。現在、がん・感染症センター都立駒込病院名誉院長。著書に『がんを生きる』(講談社現代新書)など多数

私たちは、人工透析(以下透析)中の患者ががんになったときは、安全に手術を行い、また、必要な場合は抗がん薬治療も行いました。

抗がん薬が投与された場合、その多くは尿から排泄されます。ところが、透析患者では尿が出ませんから、このままでは強い副作用で大変なことになってしまいます。

抗がん薬を透析で体外に排泄する必要がありますので、投与日と週3回の透析とのタイミングが重要となります。

透析をしながらの抗がん薬治療は可能なのですが、抗がん薬の血中濃度を頻回に測定し、がんに効果的濃度か、高い濃度で副作用が強く出ないか、厳重に監視が必要で、日常診療では行われていないのが現状です。

医療の原点とは

腎臓の機能を失った患者は、透析をしないでいたら数日から数週間で、尿毒症となって亡くなってしまいます。ですから、透析は、がんとは関係なく、多くは身体が許すかぎり続けられます。

最近の新聞に、公立福生病院では、「病院側が病状にかかわらず、腎臓病患者に透析をしない選択肢を提示していたことがわかった。透析をすれば生き続けられる患者も含まれており、……学会の提言から逸脱していることを認識していたとみられる」

また、自身も透析を続ける東京腎臓病協議会事務局長は「透析をやめますかと聞くことは『死にますか』と聞くことと同じ。その判断を身体的、精神的に追い詰められている患者に迫るのは酷なこと、と言われた」など書かれていました。

透析をしなければ死んでしまうのに、この選択肢の提示が本当にあったのだろうか、とても疑問です。患者と医師とでは、専門の知識が違います。もし、万が一、選択肢の提示があったとして、患者が透析をしない選択をしたら、担当医は「透析をするように、続けるように」と、どんな説得をしたのだろうか? 翌日以降になっても説得したのだろうか?

例えば、他の病気でも、一般的に同意書(確認書)を取る場合は、家に帰って良く考えてもらって、翌日以降にサインを頂くものです。また、多くは「撤回できる」とされています。

透析をしないと、数日で尿毒症となり、苦しさのあまり、透析の再開を希望される患者もおられると思うのです。

もしかして、「患者の自己決定権」「意見確認書という書面がある」と言われる方がいるかも知れません。本人の同意がなければ透析できないのは確かです。無理矢理できることではありません。

しかし、透析さえすれば助かる、長く生きられる患者が、透析をしない選択をして、亡くなっていくのを、医師も、スタッフも、だまって見ているのだろうか?

余命いくばくもないがんの終末期患者が、「がん治療中止」を選択し、緩和医療に移行をするのとは、全く意味が違うと思うのです。

週3回、1回4〜5時間かかる透析です。長年、続けてきたら、止めたくなるときもあると思います。それでも、透析さえすれば、長く生きられる。だからみんな我慢して透析を受ける。医療者が患者の心に寄り添いながら、励ましてくれて、患者は続けているのではと思うのです。

本人の意思、書面での確認等のことも大切かも知れませんが、その前に、医療の原点は「いのちを最大限尊重すること」だと思うのです。

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