腫瘍内科医のひとりごと 105 自分だけの命なのか?

佐々木常雄 がん・感染症センター都立駒込病院名誉院長
発行:2019年9月
更新:2019年9月

  

ささき つねお 1945年山形県出身。青森県立中央病院、国立がんセンターを経て75年都立駒込病院化学療法科。現在、がん・感染症センター都立駒込病院名誉院長。著書に『がんを生きる』(講談社現代新書)など多数

「先生、この春に亡くなった母のことですけど、こんなこと聞いていただけますか?」と話しかけてきたのは、病院事務の女性(50歳)でした。

「母は80歳で、夜、血を吐いて、気づくのが遅くて、私が家に帰ったら亡くなっていたのです」

4カ月前、胃がんが見つかったときに、母は担当医から「進行した胃がんですが、今なら手術で助かる可能性があります。手術するかどうかは、あなたの命ですから、あなたが決めてください」、そう言われたのです。

 

 

手術するかは「あなたの命、あなたが決めて」

母は、私にこう言いました。

「私は十分に生きてきた。夫はもう亡くなって10年になる。私は肺がんの手術もしたし、もうこのまま死んでいいから、手術はしたくない。先生は、あなたの命だからあなたが決めてくださいと言った。私は手術しない。いま、何にも痛くもかゆくもない」

母と私は大喧嘩になりました。私は手術して欲しかったのです。生きていて欲しかったのです。母は頑として、手術はしないと言い張りました。

担当医は「今なら助かる可能性がある」と言っておきながら、どうしてもっと強く、強く手術を勧めてくれなかったのでしょうか? あの「今なら助かる」の言葉が私には忘れられません。

「あなたの命だから、あなたが決めてください」ではなくて、「手術しましょう。今なら助かります。リスクはありますが、出来るだけ頑張ります」と、どうしてそう言ってくださらなかったのでしょうか?

母が自分で決めたことで、いまさら、こうなってしまって仕方ありません。でも、私は母と喧嘩になったあのとき、母は「私の命なんだ。担当医もあなたの命と言った。だから私が決める」と言った。

私は「母の命は、母1人の命ではない。一緒に暮らしてきた家族の命でもあるし、私の命でもある」と言ったのです。でも、そのあと、数日は口を利かなくなりました。

担当医は、手術のメリット、デメリットみんな話してくれたと思います。でも、患者にはみんなすべてわかるはずはありません。そのことで文句を言っているのではないのです。

患者の自己決定権と医師の言葉

患者の権利としての〝自己決定権〟と言われますが、母の命は、母だけのもののような考え方は間違っていると思うのです。何回も言ってすみませんが、助かる可能性があるときでも、「あなたの命だからあなたが決めてください」と、医師はそう言われるものなのでしょうか?

「母の命は、母のものだ」と、先生もそうお思いになりますか?

私は、もっと、もっと喧嘩をして、手術を受けさせればよかったと後悔しています。

痛いとか、何かあれば、無理やり病院に連れて行って、手術を受けさせることも出来たかもしれません。母は、血を吐いて亡くなるまで、不思議に痛むことも、苦しむこともなかったのです。

今さら他人のせいにするな、私のこの悲しみ、寂しさを他人のせいにするな。死んだ者はかえってこないじゃないか、そうも考えます。

でも、仕事が終わって、家に帰って、何も言わなくとも、微笑んでいてくれた母はいないのです。現実に母はいないのです。

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