腫瘍内科医のひとりごと 107 外来化学療法のブルーな1日

佐々木常雄 がん・感染症センター都立駒込病院名誉院長
発行:2019年11月
更新:2019年12月

  

ささき つねお 1945年山形県出身。青森県立中央病院、国立がんセンターを経て75年都立駒込病院化学療法科。現在、がん・感染症センター都立駒込病院名誉院長。著書に『がんを生きる』(講談社現代新書)など多数

Jさん(54歳 女性 会社員)は4カ月前、両側の頸部のリンパ節が腫れ、1個生検して、悪性リンパ腫の診断でした。全身のCT検査などで、他に腫れているところはなく、最初の抗がん薬治療は、入院して開始されました。

幸い、1回目の治療でリンパ節の腫れは見る見る小さくなり、3週間後にはほとんど触れなくなりました。副作用の不快感、嘔気(おうき)、だるさは、治療日の夕方から3日間続きましたが、翌週にはすっかり元気を取り戻していました。

2週間後の採血の結果では、白血球数の減少は軽度でした。そこで完治をめざして、外来で同じ治療を3週から4週毎に計6回繰り返すと言うのです。

ところが、2回目開始時には、髪の毛がごっそり抜け始めました。言われてはいたものの、とても怖くなって、美容室で坊主頭にしてもらい、ウィッグを用意することにしました。

ちょっとした心温まる瞬間

今日は、4回目の治療でブルーな1日です。

朝、目が覚めたときから嘔気があり、気分が悪いのです。まだ治療が始まっていないのに……。それでも気合を入れて起きました。

病院に向かうのに1時間かかる電車は、通勤時間帯で混んでいて、ずっと立っていました。

病院に着いたら、たくさんの患者がいました。採血してから、結果が出るのを診察室前で待ちます。1時間ほど待って、診察室内に呼ばれて、医師から体調を聞かれ、今日の採血の結果は大丈夫と言われました。

Jさんがうなずくと、薬局に「抗がん薬点滴準備」の指令がいきました。医師はこのとき「再発がないのを確認するために、次回、治療前にCT検査を行います」と言われました。とくにJさんからは話すこともなく、点滴待合室に移りました。そこでは5人の患者が、シーンとして、スマホや雑誌を見ておりました。

抗がん薬の準備が出来ると、Jさんはカーテンで仕切られたリクライニングの椅子がある部屋に案内されました。血圧を測定し、11時から点滴は嘔気止めから開始され、すべて終わったのが13時ころでした。

帰る途中で吐いたことはないのですが、昼食は摂らずに、水とジュースを飲みました。会計を済ませて病院を出たのが14時でした。病院から駅までバスで10分、そして帰りの電車1時間です。

電車では、3つ目の駅で老女(80歳くらい?)が乗ってきました。他に空席もなく、Jさんは席を譲ろうと立ち上がりました。つり革を持ったときから、ムカムカして嫌な気分が襲ってきましたが、我慢していました。

幸い、6つ目の駅で老女は席を立ち、Jさんに向かって「ありがとう」、と笑顔で礼を言って降りて行きました。Jさんは会釈してその席に座りました。ホッとして、体が楽になった気がしましたが、不快感は続きました。(こんなにして治療していて、本当に完治するのかしら? でも仕方ないな。次回のCTが心配だわ)

10個目のいつもの駅で降りて、タクシーで家に帰りました。

夕食は、昨日に作っておいたスープを温めて、胃袋に押し込みました。

ベッドに入ってから、ほとんど無口で過ごした、ブルーな1日がやっと無事終わったと思いました。

そして、帰りの電車で、老女が「ありがとう」と言って降りて行った、あのシワシワの笑顔を思い出して、少しだけ優しい気持ちになって、やすみました。

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