腫瘍内科医のひとりごと 125 芝桜

佐々木常雄 がん・感染症センター都立駒込病院名誉院長
発行:2021年5月
更新:2021年5月

  

ささき つねお 1945年山形県出身。青森県立中央病院、国立がんセンターを経て75年都立駒込病院化学療法科。現在、がん・感染症センター都立駒込病院名誉院長。著書に『がんを生きる』(講談社現代新書)など多数

玄関と庭にある芝桜が赤色、ピンク色に咲きました。花びらがすこし白っぽく、芯のところが赤くなっているのもあります。

お隣のN(娘)さんの父Kさん(94歳男性、元学校長)は、定年退職した後、長年、自宅から離れたところにある花壇を造られてきました。Nさんから、その花壇の写真を見せていただくと、赤、ピンク、白に咲いた芝桜は、円形に、あるいはハート型になっていて、綺麗な公園を思わせました。90歳を過ぎても、こんな素晴らしい花壇が造れるなんてすごいなぁと思いました。

すでに末期状態です

Kさんは昨年の1月に、頸部に腫瘤が出てきて、そしてまた、腹痛もあって某病院に入院されました。

そしてしばらくして、担当医から「首は甲状腺の乳頭がんが未分化がんとなって急に増大したものです。頸動脈も巻き込んでいて、手術は無理です。この未分化がんは肺と腹膜に転移しています。腹痛はこの腹膜転移のためと思います。すでにがんの末期状態です。抗がん薬の治療も無理です。痛みは麻薬の貼り薬で調整しましょう」そう言われて、自宅に帰られたのでした。

私はKさんにお会いしたことはありませんが、病状が悪化しているときに、娘さんのNさんからKさんのことで相談されたことがあります。

「こんなに急に悪くなるものなのでしょうか?」「なにか治療法はないのでしょうか?」そんなことだったと思います。

私は、未分化がんは急激に進行することが多いこと、確立した治療法がないことなどを話しました。

そして、自宅で点滴などを受けましたが、病状が悪化し、とうとう昨年3月末、芝桜が咲くのを待たずに亡くなられました。最期は病院の担当だった医師が往診してくれたそうです。

今は我が家で咲いている

この花壇はなくなることになりました。

Kさんが亡くなられて、しばらくしてからNさんと私の妻が、花壇を訪れたときは、芝桜が咲き終わり、ポピーがたくさん咲いていたそうです。

妻は咲き終わった芝桜の苗を頂いてきて、我が家の玄関と庭に植えました。

秋になると、細い針が集まったような緑の葉は、ところどころ茶っぽくなり、冬にはみんな茶色になってしまいました。全部枯れてしまったのか、やっぱりだめだったか、と思っていました。

それが、今年の4月になって緑の葉が目立つようになり、そして見事に赤、ピンクと咲いたのです。その赤とピンクの所だけは、盛り上がって、明るく、陽に当たってまぶしいほどです。

早速、Nさんに見に来てもらいました。

Nさんは「あ~よかった。天国でおとうさんが喜んでいます」と言われました。

Kさんが毎年、丹精こめて造った花壇。その花壇は、今はもうない。それでも、その芝桜の、ごく一部だけだが、会ったこともない、Kさんを知らない、私たちのところで咲いている。

植物は強い。いのちは受けついでいく。芝桜はKさんのことを知ってか、何も知らないでか、咲き誇っている。

「芝桜、お前は偉いな。風雪に耐えて、こんなに美しく」

私は、なんだか芝桜に手を合わせて拝みたくなる気持ちになりました。

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