腫瘍内科医のひとりごと 138 開発進む抗体薬物複合体

佐々木常雄 がん・感染症センター都立駒込病院名誉院長
発行:2022年6月
更新:2022年6月

  

ささき つねお 1945年山形県出身。青森県立中央病院、国立がんセンターを経て75年都立駒込病院化学療法科。現在、がん・感染症センター都立駒込病院名誉院長。著書に『がんを生きる』(講談社現代新書)など多数

68歳、男性。微熱が続き、頸部、鼠径部のリンパ節腫大があり、B病院を受診しましたが、診断がつかず、経過をみることになりました。

しかし、半年経っても時々高熱となり、体重は4㎏減り、リンパ節は大きくなった気がして、C病院を受診しました。

CTでは、肝脾腫があり、リンパ節生検により悪性リンパ腫の診断で、なかでもがん細胞はCD30陽性とのことで、血管免疫芽球性T細胞リンパ腫(AITL)との診断でした。

同院血液内科に入院して、化学療法が行われました。悪性リンパ腫の標準的な治療はCHOP療法ですが、オンコビン(一般名ビンクリスチン)の代わりにアドセトリス(同ブレンツキシマブ ベドチン)を使い、アドリアシン(同ドキソルビシン)、エンドキサン(同シクロホスファミド)、プレドニン(同プレドニゾロン)の治療となりました。

この治療を1回行ったところ、表在リンパ節腫大は消え、発熱もなくなったのです。とても元気になって、1カ月後に2クール目を行うことになりました。

抗体薬物複合体とは?

悪性リンパ腫の種類によっては、がん細胞の表面にCD30というタンパク質の発現がみられることがあります。このCD30を標的としてがん細胞に結びつくように遺伝子工学の手法でモノクローナル抗体が作られ、これに抗がん薬が結合されているのがアドセトリスです。微小管阻害薬結合抗CD30モノクローナル抗体で、がん細胞にくっつく抗体と抗がん薬を組み合わせた薬剤、つまり抗体薬物複合体(ADC)なのです。

この薬剤は、CD30を目印にしてリンパ腫細胞にくっつき、細胞の中に取り込まれ、細胞の中で抗がん薬が活躍し、がん細胞にダメージを与えるのです。

一緒に投与されたアドリアシンとエンドキサンは、従来どおりの細胞障害性抗がん薬で、特別にがん細胞だけを標的として作用する訳ではありません。

このように、抗体薬物複合体としてつくられた薬剤には、他にHER2を標的としたエンハーツ(一般名トラスツズマブ デルクステカン)があり、現在、乳がん・胃がんに適応になっています。

腫瘍細胞の細胞膜上に発現するHER2に結合し、細胞内に取り込まれた後にカンプトテシン誘導体(MAAA-1181a)がDNA傷害作用及びアポトーシス誘導作用を示すことなどにより、腫瘍増殖抑制作用を発揮すると考えられています。

また、パドセブ(同エンホルツマブ ベドチン)は、細胞間の接着に関連するタンパク質のネクチン-4を標的とした抗体薬物複合体です。エンホルツマブ ベドチンが、ネクチン-4と結合することで細胞障害性物質が放出され、細胞増殖の抑制と細胞死を誘導することで抗腫瘍効果を発揮します。ネクチン-4は尿路上皮がん細胞に高発現しており、膀胱がんなどに効果を発揮します。

このように、がん細胞表面の特殊なタンパクがわかると、そのタンパクとの抗原抗体反応を利用して、薬がよりそのがん細胞に、効果的に効くようにする訳です。

抗がん薬治療、免疫療法とかに分けずに、免疫を利用した抗がん薬が開発されているのです。

これまでは、大規模試験の統計結果から、標準治療が叫ばれてきましたが、科学技術、遺伝子工学の発達で、より個々に合った個別治療の開発も進んでいるのです。

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