腫瘍内科医のひとりごと 141 甲状腺腫と田舎暮らし

佐々木常雄 がん・感染症センター都立駒込病院名誉院長
発行:2022年9月
更新:2022年9月

  

ささき つねお 1945年山形県出身。青森県立中央病院、国立がんセンターを経て75年都立駒込病院化学療法科。現在、がん・感染症センター都立駒込病院名誉院長。著書に『がんを生きる』(講談社現代新書)など多数

これはAさん(63歳、男性)のお話です。

会社を退職した後、ひとり、庭のわずかな畑で野菜を作り、毎日山を眺めて過ごしています。今年は畑にメロン、スイカ、カボチャを植えました。

庭から続く坂を下りると柿の木があり、田んぼが広がります。その坂には、隣の方が草を刈って造ってくれた小道があり、毎日、長靴を履いて下ります。4年前に、胃がんの手術を受けてから、その坂を「リハビリロード」と名づけています。

いつも不思議に思っているのは、玄関前のかりんの木です。柿など木の実は、枝から下を向いて生りますが、かりんの実は枝から上に向いているのです。今年は4個生っています。

たったひとりの孫、2歳の男の子の動画がスマホに送られてきます。それを見るのが一番の楽しみで、庭でカエルを見つけても、蝶を見ても、孫に見せてやりたいと思います。

会いたいのですが、コロナ蔓延では仕方ありません。コロナは3年目になっても猛威をふるっていて、町にも行きたくありません。

地球の温暖化、いやもう熱帯化。異常高温が続き、雨が降ると〝線状降水帯〟とやらを、テレビの報道で知るのですが、豪雨被害を受けた地域は気の毒です。孫たちの将来は、地球は人間が住めなくなるのではないかと心配になります。

そんな時代なのに、愚かにも戦争をしている場合ではないと思いながらの毎日です。

頸の前の小さな塊、細胞診の結果

先日、町の健診を受けました。

診察した医師に「頸の前に小さな塊が触れます。甲状腺腫かと思います。精密に検査したほうが良いでしょう」と言われました。

甲状腺腫=甲状腺が大きくなった状態。部分的にしこりのように腫れる場合は結節性甲状腺腫といい、その中には良性と悪性腫瘍がある

自覚症状は何もないのですが、確かに、自分で触ってみると腫れているような気がしました。

「まさか、がんの転移ではないだろうか」

急に胃がん手術のときのことが頭に浮かびました。心配になって、手術を受けた病院に、胃がん術後の定期診察日とは別に予約を取って行きました。

担当医からは、「動悸がしないか」「手が震えないか」など聞かれましたが、なにも症状はありません。

「採血して、よく調べてみましょう」と言われ、超音波検査、甲状腺シンチグラムの検査予約をして帰りました。

家に帰って落ち着くと、動悸がするような、手が震えるような気がしてきました。

超音波検査、甲状腺シンチグラムの結果は「甲状腺腫」で、悪性ではなさそうとの診断でしたが、念のため針生検で細胞を取りました。2週間後に結果が出ることになりました。

妻には先立たれたし、「生かされている命だ、いつ死んでも構わない」と思いながらも、がんを心配してしまう心はどうにもなりません。

亡くなった親父が屏風に書き残した漢詩「八風吹不動天邊月」(はっぷうふけどもどうぜず てんぺんのつき)を、うつろに読み返していました。

細胞診の結果は、「がん細胞は認めません。半年後に診ましょう」とのことでした。診察室を出て、思わず「生き延びた!」と、心で叫びました。

庭のスイカを割り、普段はノンアルコールなのに、今日はアルコール入りのビールで仏壇に向かって乾杯をしました。

山にかかる雲が夕焼けで、赤く染まっていました。

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