精神腫瘍医・清水 研のレジリエンス処方箋

第1回 がん治療で重要な「レジリエンス」とは

構成・文●小沢明子
発行:2020年4月
更新:2020年4月

  

清水 研さん がん研有明病院腫瘍精神科部長

しみず けん 1971年生まれ。精神科医・医学博士。金沢大学卒業後、都立荏原病院で内科研修、国立精神・神経センター武蔵病院、都立豊島病院で一般精神科研究を経て、2003年、国立がんセンター(現・国立がん研究センター)東病院精神腫瘍科レジデント。以降一貫してがん患者およびその家族の診療を担当。2006年、国立がんセンター中央病院精神腫瘍科勤務、同病院精神腫瘍科長を経て、2020年4月よりがん研有明病院腫瘍精神科部長。著書に『人生で本当に大切なこと』(KADOKAWA)『もしも一年後、この世にいないとしたら』(文響社)『がんで不安なあなたに読んでほしい』(ビジネス社)など

みなさんは、「精神腫瘍医」についてご存じですか。

精神腫瘍医とは、がん患者さんとそのご家族の心のケアを専門に行う精神科医や心療内科医のことです。がん患者さんの悩みや不安は人によってそれぞれ異なり、検査の数値のようには測れません。健康ではなくなったという喪失感、将来への不安、死を意識したときの恐怖など、本当にさまざまです。

精神腫瘍医は「がん」という病気が人にどのようなことをもたらすかを理解しており、その経験をもとにがん患者さんとそのご家族にきめ細やかなケアを行います。見ず知らずの医療者に相談するのは勇気がいるかもしれませんが、気分が落ち込んだり、眠れなかったりしたときは、迷わず精神腫瘍科(施設によっては「腫瘍精神科」)を受診してみてください。

生きづらさを抱いている人を助けたい

さて、今回は連載の最初ですから、なぜ私が精神科の医師をめざしたのか、私自身のことを少しお話しましょう。

私は団塊ジュニアと呼ばれる、第2次ベビーブームの世代です。当時多くの学校で採用されていた教育方針においては一律に管理するという傾向が強く、中学校の生徒手帳には、推奨される髪型、持ち物、靴下の色などについて細かく記載されていました。当時は物事の考え方から身だしなみに至るまで、個性を尊重するというよりも、協調性や団結力が重んじられていたように思います。

両親は私をとても愛してくれましたが、「子どもがどうしたいか」ということを大切にするよりも、「こうでなくてはいけない」という子育ての理想的なイメージがあったのだと思います。「怠けていてはいけない」「社会の役に立つ人間にならなくてはいけない」と厳しく言われました。

内向的な私は反抗する勇気も持てず、「こうしたい」という自分の意志は、いじめにあう機会もあいまって、心の奥底に閉じ込められていき、周囲の期待などに合わせるようになりました。あのころの私は、堂々として自分らしく生きているように見える人をとてもうらやましく感じたものです。

高校生になってもこの窮屈な状況は続きました。社会的な規範や周囲の意見に左右される日々に、ずっと虚しさを抱えて生きてきました。そして「自分は何のために生きるのだろう」と悩むようになりました。そして、私のように生きづらさを抱えている人に興味を持ち、力になりたいと高校3年生のとき精神科医を目指すことにしたのです。もし、毎日を好きなように、のびのびと生きていたら、今とは違う自分になっていたでしょう。

その後、精神科医、精神腫瘍医として働くなかで、たくさんのことを学びました。もちろん私はお会いした方の役に立とうと全力を尽くすわけですが、がんになって死を意識し、限られた人生(実はだれにとってもそうなのですが、普段意識していない人が多いです)をどう生きるかを突き詰めて考えた方のお話を聴く中で、結果的には私自身が多くのことを教えていただくことになりました。そして、生きる意味について深く考えるようになり、かつての虚しさは消えました。

若いころにもがいたことには、マイナスなことばかりではなかったとも言えます。マイナスだと思っていたことがその後役に立ったり、プラスだと思っていたことが思わぬ災いを生んだり、不思議なものだなと思います。

人には柳のようなしなやかさがある

私は今、精神腫瘍医として、がんという病気や死と向き合って苦しんでいる患者さんのお役に立ちたいと思いながら、診療する日々を送っています。これまでに3,500人以上のがん患者さんやそのご家族のお話を伺ってきました。

面談の最初は、患者さんの不安や戸惑いを伺います。なぜなら人は、「自分の悩みを誰かが理解してくれた」と思えたとき、苦しみが少し癒えるからです。

なかには初めから泣きじゃくり、何も話せない方もいます。そのときは、「悲しいのですね」と声をかけ、少し落ち着いてきたら、「悲しい理由を教えていただけますか」と伺います。私が患者さんの悩みを理解しようとしていることをわかってもらえると、患者さんも少しずつ心を開いてくれます。

がん専門病院で治療をはじめたばかりのころは、自分が患者さんの苦しみを取り除かなければいけないと焦り、さまざまなアドバイスをしました。でもあるとき、そのやり方は役に立たないどころか、むしろ害になっていることに気づいたのです。患者さんとの対話を積み重ねるうちに、人には悩みと向き合い、それを乗り越えようとする力を持っていることを実感したのです。

〝柳に風〟をイメージするとわかりやすい「レジリエンス」

がんを告知されると、多くの人は何も考えられなくなったり、なぜ自分ががんになったのだろうと思い悩んだり、最初は病気から目をそらそうとしたりします。しかし、嘆き悲しむということは実は心の傷を癒す作用があり、やがて「がんになったという事実」を認め、新たな現実と向き合おうとします。

人は大きな喪失感を覚えても、それを乗り越えようとする力があり、諦めや絶望を感じる一方で、その事実を受け止めたうえで進んでいこうとする力も合わせ持っているのです。

この力を「レジリエンス」と言います。直訳すると「弾性(弾力性)」あるいは「元に戻る力(回復力・復元力)」という意味ですが、〝柳に風〟をイメージするともっとわかりやすいでしょう。

枝の細い柳は、風に吹かれるとたわんで形を変えますが、風がやむと元に戻ります。それとは逆に、太い枝は、強い風に吹かれるとポキッと折れてしまいます。人は衝撃的な出来事に打ちのめされても、時間とともに柳のように立ち上がってくる力があることを、患者さんから学ばせていただきました。

私ができることは患者さんのレジリエンスを育むことであり、そのためには話をじっくり聴いて、その人の悩みを理解する作業を積み重ねることだと思っています。

私たちは健康なとき、自分が病気になることを想像もせずに暮らしています。だからこそがんを宣告されると、いやがおうにも死を意識し、混乱してしまいます。この連載では、レジリエンスをどう育んでいったらいいのか、私と患者さんとの対話をもとに、お話していきたいと思います。

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