精神腫瘍医・清水 研のレジリエンス処方箋
第4回 職場や家族に迷惑をかけるのが苦しい
みなさんは、日本人ががんになる確率はどのくらいかをご存じですか。
最近の統計では、生涯においてがんになる確率は、男性62%、女性47%と報告されており、「2人に1人はがんになる時代になった」と言われています(がんの統計2017 公益財団法人がん研究振興財団)。
また、がんは高齢者だけの病気ではなく、がん患者さんの3人に1人は、〝生産年齢〟といわれる15~64歳です。ですから今、社会全体として、がん患者さんの療養生活後の復職に対する環境を整えることが急務です。患者さんへの支援制度を充実させ、職場の人たちのがんに対する理解度を高めようとする動きも活発になっています。
その一方で、働く世代のがん患者さんから、次のような悩みをよく聞きます。
「がんであることを職場に隠しておきたい」
例えば、ごく早期の胃がんなどであれば、有給休暇を数日とって、内視鏡手術を終えるということもできなくはないかもしれません。でも、一般的ながん治療では、手術で入院したり、通院で抗がん薬治療や放射線治療をしたりするために、ある程度仕事を休むことになります。
また、がんという病気は、治療が一段落しても体調がすべて元通りになるとは限りませんし、場合によっては入院を繰り返すこともあります。職場の上司と同僚に対しては、自分の病気についてきちんと伝え、相談したほうがよいと思います。あえて話しておくことで、信頼関係が深まる可能性もあります。職場の人たちの理解を得て、体調と折り合いをつけながら、仕事を続ける方法を見つけて欲しいと思います。
「休職します」と言える社会に
もう1つ、働く世代のがん患者さんからよく聞く悩みがあります。
「がんになって休職したら、職場の人たちに迷惑がかかってしまう。いっそのこと退職したほうがいいのでは……」
前回、「がん告知の直後は考えや感情の振れ幅が大きいので、会社を退職するといった重要な決断は、すぐにしないほうがいい」と書きました。がん告知後の混乱した気持ちのまま辞表を出して、あとで悔やんだという方をたくさん知っているからです。
実は、がん治療と仕事の両立を考えたとき、「周囲の人に迷惑をかけるのが心苦しい」という患者さん自身の気持ちが、大きな壁になることがあります。
たしかに、忙しい職場で休職者が出ることは、他の人の負担が増えることになるでしょうし、気持ちにゆとりがない場合は、他人の休職に対して心穏やかになれないこともあるかもしれません。
しかし、今元気な人も、いつがんなどの病気になるかわかりません。がんになることを他人事と捉えず、「いつ自分もそうなるかわからない」、という事実に目を向ける必要があると思います。これから高齢化社会になる日本の在り方を考えると、困ったときはお互い様という風土に近づく必要があります。
もし、職場で周囲の人に迷惑をかけたくないと思ったら、ほかの誰かが病気になったときのことを考えてみてください。そしてその人があなたに「迷惑をかけないようにするために、職場を辞めようと思っているんだ」と相談したとしたら、あなたはどう応えられますか?「あなたは迷惑をかけないように辞めるべきだ」と応えられるでしょうか?
働く世代のがん患者さんは、これからも増えていくでしょうし、いま健康な人も、いつがんや重い病気になるかわかりません。会社によっては経営上の厳しい現実もあると思いますが、病気になったとき「休職します」、と患者さんが悩まずに言える社会になって欲しい、と私は常に願っています。
職場の人ばかりでなく、「家族に迷惑をかけたくない」と訴える患者さんもいます。
ある乳がん患者さんは、治療中につらいと思うことがあるけれど、その気持ちを家族に伝えることは、「家族への甘えではないか」と言っていました。でも、家族に頼らず、自分だけで問題を解決しなければいけないという考え方は、とでも窮屈ではないでしょうか。
患者さんが「家族に迷惑をかけたくない」と思っている一方で、家族は患者さんのために「できることは何でもしたい」と思っていることが少なくありません。
患者さんがつらいときや、家族に頼りたいと思っているときは、その状況や気持ちを素直に伝えて欲しいと思います。家族のだれかが問題を抱えているときは、みんなで助け合うことで、よりよい関係を築けるように思うのです。
支えてもらった体験が価値観を変える
復職された患者さんからは、「周囲の温かい気づかいや励ましがうれしかった」「帰る場所があってよかった」という声をよく聞きます。
例えば、大腸がんになられた45歳のある男性は、どちらかというと人づき合いが苦手で、会社の飲み会などにも参加せず、職場では寡黙な方でした。そんな彼が、大腸がんを患い、人工肛門(ストーマ)を装着して復帰したとき、自分がずっと苦手だと思っていた部長さんが声をかけてくれました。実は、その部長さん自身も同じがん体験者で、人工肛門を長年使用していたのです。部長さんは、彼にさまざまなアドバイスをしてくれました。また、大腸がんの患者会にも参加し、悩みを相談したり、気持ちを分かち合ったりすることができたそうです。
この患者さんは、これまでどちらかというと人とかかわることを避けてきたけれど、部長さんや先輩がん患者さんの優しさを感じて、「世の中には他人を傷つける人もいるけれど、人間の本質は温かいものではないか」という感覚が芽生えたと言います。そして、職場でも自分から話かけるようになり、人の輪に積極的に入って行くようになったそうです。
がんになってから周囲の人に親切にしてもらい、自分が支えられていることに気づき、これまでの価値観が変わった人という人がたくさんいます。こうした経験が、自分も誰かの役に立ちたいという気持ちにつながります。
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