精神腫瘍医・清水 研のレジリエンス処方箋

第5回 新型コロナウイルスの感染が広がる中での不安とのつき合い方

構成・文●小沢明子
発行:2020年8月
更新:2020年9月

  

しみず けん 1971年生まれ。精神科医・医学博士。金沢大学卒業後、都立荏原病院で内科研修、国立精神・神経センター武蔵病院、都立豊島病院で一般精神科研究を経て、2003年、国立がんセンター(現・国立がん研究センター)東病院精神腫瘍科レジデント。以降一貫してがん患者およびその家族の診療を担当。2006年、国立がんセンター中央病院精神腫瘍科勤務、同病院精神腫瘍科長を経て、2020年4月よりがん研有明病院腫瘍精神科部長。著書に『人生で本当に大切なこと』(KADOKAWA)『もしも一年後、この世にいないとしたら』(文響社)『がんで不安なあなたに読んでほしい』(ビジネス社)など

新型コロナウイルスによる感染が全世界で同時多発的に進行し、コロナウイルスという目に見えない脅威が私たちを不安にさせています。

「がん治療中なのに、もし感染してしまったら……」と、がん治療を受けに病院に行くのが怖くなったり、「大切な人にうつしてしまったら……」と、怖くて誰とも会わなくなったりというがん患者さんもいるのではないでしょうか。

もちろんがん治療中も、不安になる場面がいくつもあります。

例えば、検査結果を聞く直前は、「悪い知らせだったらどうしよう……」と、ドキドキするでしょう。手術を受ける前はもちろん、初めて化学療法や放射線療法を受けるときも同様です。そして、初期治療が終わって経過観察になったときも、「ベストな治療をしたといっても、がんが体から完全に消えていないのではないか……」「この先、再発するのではないか……」と、不安に襲われることがあると思います。

では、そもそも不安とは何でしょうか。

不安とは、「不確実な脅威」があるときに、心と体で危険を知らせてくれるアラームのようなものです。大変なことが起きたらどうしようと心配し、その気持ちが強くなると、緊張や震え、発汗、動悸などの症状が現れます。

しかし、不安は人にとって正常な反応なので、ゼロにしようとする必要はありません。とは言え、アラームが鳴りっぱなしになってしまうと、落ち着いて過ごせなくなってしまいます。ですから、不安とうまく付き合っていく方法を覚えておくとよいと思います。

新型コロナウイルスに対する不安の暴走

新型コロナウイルスの場合、大きな問題は不安がどんどん膨張してしまうことです。

例えば、4月と現在原稿を書いている7月とは、感染者数の数はむしろ現在のほうが多かったですが、4月のほうが日本中がおおきな不安を感じていた気がします。日本の医療が崩壊するのではないか、医療が受けられずに欧米のように多大な死者が出るのではないかという不安から、とてもナーバスになっていました。

例えば、とにかく感染リスクをゼロにしようと、外出を避ける。病院へ行かなかったり、大切な家族に会わないようにしたりする。でも、リスクをゼロにすることはできないから、どういう対応をしても不安は残ります。

また、がん治療を後回しにしたり、家族と過ごす貴重な時間をなくしたりするのは、果たして得策と言えるでしょうか。外出して得るメリットと、感染のリスクのバランスを取ることも大切だと思います。

さらに、がん治療を受けた有名人が感染して亡くなったという報道があると、自分もそうなるのではないかと、大きな不安にとらわれてしまう。実際は違うのに、1つの事例を過度に自分にも当てはまると思い込んでしまうのも、不安の暴走ではないかと思います。

不安と上手につき合うための3つのステップ

不安と上手に付き合うにはどうしたらいいか、次の3つのステップを考えてみてください。

STEP1 脅威をきちんと理解して、正しく恐れる

新型コロナウイルスによる感染のリスクはどの程度なのか、がん患者さんはどんなことに気をつけなければならないかをきちんと認識し、過度に恐れないようにすることが最初のステップです。

新型コロナウイルスの現状をデータで見ると、日本全体の累計患者数は19,000人を超えています(7月5日厚生労働省発表)。とても膨大な数字ですが、日本の1億2,600万という人口からすると、感染者の割合は1万人に1人強と言えます。

また、一般に感染した人が重症化するのは約2割で、死亡者数の割合は5%にも満たないわけです。これらの情報から、ほかの疾病に比べて恐れすぎる必要はない、と言えるのではないでしょうか。

次に、がん患者さんのリスクに関しては、3学会(日本癌治療学会・日本癌学会・日本臨床腫瘍学会)で「がん診療と新型コロナウイルスについての患者さん向けのQ&A」を発表しています。

それによると、「過去14日以内に抗がん治療(化学療法、免疫療法、放射線治療を含む)を受けた28人の患者さんを調べた結果では、一般人と比べ4倍以上の重症化の危険性があった」と記されています。つまり、このような治療を受けた方は影響がありますが、すべてのがん患者さんに当てはまるというわけではありません。

また、放射線治療に関しては、日本放射線腫瘍学会が「早期乳がん手術後に行われる放射線治療は、体への侵襲(しんしゅう)が少なく、免疫機能の低下はほとんどありません」という声明を公式に出しています。

がん患者さんは、コロナウイルスに感染したからとって、必ずしも危険な状態になるわけではないことを認識することが大切だと思います。

STEP2 自分でできる予防策をとる

2つ目は、自分ができる予防策はきちんと取ることです。不要不急の外出はしないようにする、外出時はマスクをする、手洗いを頻繁にするなどです。

ただ、それだけではリスクを完全にゼロにはできないので、その不安に関しては付き合っていくしかないと思います。

STEP3 不安にとらわれない工夫をする

3つ目は、不安とうまく付き合っていくことです。不安になったとき「そのことを考えないようにします」と言う方がいますが、実はこの方法ではあまりうまくいきません。何かを考えないように努力する時点で、かえってそのことを余計に意識してしまうからです。

例えば、タバコをやめようと考えていると、よりタバコのことを考えてしまい、タバコが吸いたくなってしまいます。このように、自分の考えをコントロールするのは難しいのですが、心と行動はつながっているので、行動を変えることで不安をコントロールすることができます。

「不安日記」をつけてみよう

私は、外来に来る方に「不安日記」をつけていただくことがあります。

「不安日記」という名前は私が名付けたもので、正確には「週間活動記録表」と言います。1時間刻みでその時間に何をしていたかを記録し、そのとき感じている不安の強さを100点満点で採点します。

例えば、インターネットでがんの情報サイトを見ているときの不安は80点、犬と散歩しているときはあまり不安を感じないので40点、友人と電話しているときはリラックスできるので30点などです。

「不安で仕方がない」という人の多くは、実は1日中ずっと不安にとらわれているわけではありません。1週間記録を続けると、例えば、がんの情報をインターネットで調べているときや、何もしていないときは点数が高いけれど、散歩や家事をしているときは点数が低いなど、1日の中で自分の不安が大きく動いていることがわかるでしょう。自分が不安を感じやすい行動がわかれば、その行動をする時間を減らしていくことができるわけです。

「不安日記」は、認知行動療法という科学的に効果が実証された方法の1つです。

また「マインドフルネス」という方法もあります。

マインドフルネスとは、「今現在起こっていることに十分な注意を向ける」こと。今、目の前で起きていることに意識を集中させることで、不安から自由になるという方法です。

人は不安にずっととらわれているのではなく、例えば、不安なときに玄関のチャイムが鳴ったら、意識はすぐにそちらに移ります。あるいは自分でできることとして、呼吸をするときにお腹の皮の動きを意識してみると、それまでとらわれていた不安から解放されるようになります。自分の注意はいろんなところに向けられることが理解できれば、今感じている不安は一時的なものだと認識できるようになるでしょう。

しかし、こうした工夫をしても、毎日のようにいろいろと心配したり、常に体が緊張していたり、イライラする、疲れやすい、怒りっぽいなどの症状があり、大きな苦痛を感じられている場合は、腫瘍精神科や診療内科を受診して相談してください。

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