精神腫瘍医・清水 研のレジリエンス処方箋

第6回 家族ががんと診断されたとき、忘れてはならない2つのこと

構成・文●小沢明子
発行:2020年9月
更新:2020年9月

  

しみず けん 1971年生まれ。精神科医・医学博士。金沢大学卒業後、都立荏原病院で内科研修、国立精神・神経センター武蔵病院、都立豊島病院で一般精神科研究を経て、2003年、国立がんセンター(現・国立がん研究センター)東病院精神腫瘍科レジデント。以降一貫してがん患者およびその家族の診療を担当。2006年、国立がんセンター中央病院精神腫瘍科勤務、同病院精神腫瘍科長を経て、2020年4月よりがん研有明病院腫瘍精神科部長。著書に『人生で本当に大切なこと』(KADOKAWA)『もしも一年後、この世にいないとしたら』(文響社)『がんで不安なあなたに読んでほしい』(ビジネス社)など

がん患者さんのご家族を対象にしたいろいろな調査から、家族が背負う物理的・精神的な負担は並大抵ではないことがわかっています。

自分にとって大切な人ががんになることは、場合によっては、自分自身ががんになる以上につらいことかもしれません。自分のことならば、「しょうがない」と受け止められることも、自分にとって大切な人が苦しんでいることに対しては、「しょうがない」とはなかなか思えないのではないでしょうか。

また、「かけがいのない人が、この世からいなくなってしまうかもしれない」ということは、誰にとっても受け入れ難いことでしょう。

さらに、がん患者さんのご家族は、現実的な負荷も大きいのではないでしょうか。患者さんのサポートをしながら、自分自身の生活も維持していかなければなりません。

例えば、これまで家事を一手に担ってきた主婦の方ががんになったら、今まで通り家事ができなくなることも当然あるでしょう。この場合、家族が代わって家事を引き受けなければならなくなります。これまで患者さんが担ってきた役割を背負うことは、家族にとって大きな負担となり、家庭内に不満がたまる原因にもなります。

また、夫ががんになったら、今後の生活のことも心配になるでしょうし、子どもが小さかったりしたら、なおさら不安は大きくなるでしょう。

このように、さまざまなストレスを抱えやすい家族は「第2の患者」とも呼ばれ、がん患者さんと同様、ケアやフォローが必要な存在であると考えられています。

家族は自分自身のケアも重要

家族の誰かが「がん」を宣告されたとき、家族は大きなショックを受けます。さらに、家族を苦しめる要因となるのが、「なぜもっと早く気づかなかったのだろう」「別の病院を受診させていたらよかった……」という思いです。

また、「なぜあなたがそばにいながら、わからなかったの?」と、親族から責められたりすることもあります。そんななかで、「がんになったのは私のせいだ」と、やり切れなさや怒りの矛先を自分へ向けてしまう人もいます。とっても献身的にご本人を支えてこられた家族が、ご自身を強く責めておられることもよくあります。

お話を傍から伺う私は、「そこまで思わなくても……」と感じるのですが、ご家族としては自分を責めるほうが、気持ちが納得しやすいのかもしれません。

大切な人が「がん」になるということは、理不尽でなかなか納得できないことかもしれませんが、だからといって傷ついているご自身をこれ以上痛めつけることは、患者さん、ご家族の双方にとって良いことだとは思えないのです。

なので、私はきちんと事情をお聞きした上で、「大切な人ががんになり、衝撃を受けているのですね。でも、自分を責めることはありません」と、お伝えするようにいたします。

また、「一番大変なのは本人なのだから、私が弱音を吐くわけにはいかない」と、つらい気持ちを抑え込み、自分のケアを後回しにしてしまう人もいます。疲れていても、緊張から夜もあまり眠れずに過ごし、休息がとれない。そんな悪循環が長く続くと、どこかで精神的に破綻してしまうかもしれません。

そのようなご家族には「ご本人のサポートを続けるためにも、ご自身のケアをきちんとしてください」、とお伝えしています。もちろんご家族も弱音を吐いてもいいのです。周囲に心配をかけたくないという場合は、医療者に話していただければと思います。くれぐれも自分の感情にふたをしないようにしてください。

長期的にがん患者さんを支えていくためにも、ご家族は自分自身も大切にすることがとても重要です。

本人の「課題」には踏み込まない

苦しんでいる患者さんにどう接したらいいのか、悩まれるご家族も多いでしょう。そのときに気をつけていただきたいのは、患者さんが求めていないサポートをしてしまうことです。

例えば、本人は摂りたいと思っていない健康食品を薦めたりする。でも、どんな治療を選ぶか、どんな生活習慣を送るかというのは、結果を引き受ける患者さんの「課題」なので、良かれと思ってしたことが、ご本人にとっては逆にストレスの原因になってしまうことがあります。

一般に、自分が結果を引き受ける課題は自分が責任を持ち、他の人には踏み込ませない。逆に他人の課題には、踏み込んではいけない。これをアドラー心理学では「課題の分離」と言います。

多くの人間関係のトラブルは、課題の分離ができないことから生まれます。ですからその境界は、きちんと意識しておくことが必要です。

がん患者さんに家族の思いは伝えても、がん治療というご本人の課題に踏み込むことはやめましょう。

「ご家族に、どう接して欲しいですか?」と、がん患者さんに尋ねると、ほとんどの人が「今まで通り、普通にして欲しい」、と言われます。なので、特別なことをする必要はないのですが、家族の側からすると、がんに罹患したご本人に〝普通に接するとはどういうことなのか〟実は難しいかもしれません。

この場合、何かをする前に〝ご本人が、今どんな気持ちでいるのか〟理解するようにすることが大切です。ご本人にとって、ご家族が自分の気持ちをわかってくれているということは、大きな力になります。

察することは難しくもありますが、もし、ご本人からそっとしておいて欲しそうな気配を感じたときは、見守るだけにする。今の状況や気持ちを話せるようであれば、話を聞いて理解するようにする。

例えば、主治医から病状について説明があったときは、本人が不安になったことを聞いてみるといいかもしれません。

その次に、〝本人が、何をして欲しいと思っているか〟を考えてみましょう。そして、患者さん自身が手伝って欲しいと思うことを手伝っていく。力になりたいという焦りから、余計なことをしないようにしましょう。

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