精神腫瘍医・清水 研のレジリエンス処方箋

第12回 大切な人を失ってから、心が回復するまで

構成・文●小沢明子
発行:2021年3月
更新:2021年3月

  

しみず けん 1971年生まれ。精神科医・医学博士。金沢大学卒業後、都立荏原病院で内科研修、国立精神・神経センター武蔵病院、都立豊島病院で一般精神科研究を経て、2003年、国立がんセンター(現・国立がん研究センター)東病院精神腫瘍科レジデント。以降一貫してがん患者およびその家族の診療を担当。2006年、国立がんセンター中央病院精神腫瘍科勤務、同病院精神腫瘍科長を経て、2020年4月よりがん研有明病院腫瘍精神科部長。著書に『人生で本当に大切なこと』(KADOKAWA)『もしも一年後、この世にいないとしたら』(文響社)『がんで不安なあなたに読んでほしい』(ビジネス社)など

自分にとって大切な人を失うという体験は、もっとも耐え難いことのひとつです。残された人は深い悲しみと苦痛から、「まるで、心にぽっかりと穴があいたよう」といわれます。心理学では遺族の心境を、「突然、母親が目の前からいなくなった子ども」に例え、その困惑の大きさを表現しています。

遺族は「第2の患者」と呼ばれるくらい、傷つき、悲しみに打ちひしがれるものです。大切な人を失ったことにより、その人の基盤がゆらいでしまうことを「悲嘆」(グリーフ)と言います。

大切な人を失った直後は、言葉を失うぐらい呆然とすることが多いですが、少しすると悲しみなどの感情の制御が難しくなり、その人を恋しく思う気持ちや会いたいと切望する気持ちでいっぱいになることがあります。

頭の中ではその人が亡くなったことを理解していても、心はまだそのことを信じられないので、受け入れたくないと思っています。そのため「亡くなったはずの人の声が聴こえた」「その人の姿が見えた」などの現実には考えられないことも、多くの方が体験しています。

しかし、その人は「もういない」ということは変わらないので、その事実と向き合うたびにいたたまれない気持ちになります。

また、遺族は激しい心の傷みを感じ、ほかのことは何も考えられなくなります。あるいは、その人がいないという現実に直面したくないことから、亡くなった人と一緒にやったことや行った場所を避けることもあります。故人が通っていた病院へ足を向けられない人もいますが、そこはまさに悲しい記憶が詰まっているのですから無理もないことです。

悲嘆は遺族の自然な反応ですが、多くの場合、日常生活を送る中でその反応は徐々に和らいでいき、やがて落ち着きます。

「あの人が亡くなったなんて信じられない」という感覚も次第に薄れ、「あの人はもう二度と戻って来ない」ということを認められるようになっていきます。頭の中をいっぱいにしていたその人への思慕は、「ほろ苦くも、甘い思い出」に変わっていき、心の中に納まるようになるのです。

それによって、これから続く自身の人生に目的意識を取り戻し、生きる意味を見出すことができるようになっていきます。

大切な人との結びつきが強いと、悲嘆が長引くことがある

ところが、中には悲嘆の状態が長く続く人がいます。

大切な人を失ったあと、悲嘆がどのくらい続くのかについては個人差があり、調査方法によっても異なりますが、死別から6カ月たっても悲しみで元に戻れない人は、3割ぐらいという報告もあります。

では、悲嘆が長引きやすいのはどんな人でしょうか。

①亡くなった人に頼っている側面が多い、②その人が亡くなったことについて自分を責めている、③亡くなったことと向き合うことを避けている、などの要因があります。

私たちは大切な人との間に築く情緒的な結びつきに支えられて生きています。この情緒的な結びつきを「愛着」(アタッチメント)といいます。アタッチメントの原型は、乳幼児期の両親です。

子どもは乳幼児期に親から無条件に愛される経験を通して、親との信頼関係を形成していきます。つまり、亡くなった人との結びつきや、頼る気持ちが強ければ強いほど、心にあいた穴は大きくなってしまうのです。

例えば、私の外来を受診された遺族の方の中に、「3年たっても、亡くなったご主人のことが忘れられない」という方がいます。その方は幼いときに父親を亡くし、父親代わりのような男性と結婚しました。

ご主人の死後、父親を失ったと、あるいはそれ以上の心細さや寂しさがよみがえったそうです。おそらくご主人をとても頼りにしていたのでしょう。そうなると、大切な人を失った悲しみだけでなく、「独り立ち」という課題にも取り組まなければならなくなります。いつまでも悲嘆が続くのは、ひとりで新たな一歩を踏み出すことへの不安も、重なっているのだと思います。

罪悪感があると、悲嘆からの回復が遅れてしまう

また、遺族の中には、「医療用麻薬を使ったがために死期を早めてしまった」「抗がん薬は使わないほうがよかった」「自分は何もしてあげられなかった」など、治療法や最期の看取りについて、強い後悔や自責の念を抱える方が多くいます。このような方は、なかなか悲嘆から抜け出せない傾向があります。

また、その人が亡くなったことを無理に考えないようにしたり、悲しみなどの感情を押し込めようとしたりする人も、悲嘆が長引くことがあります。

大切な人を無理に忘れようと意識すると、かえって心の奥底にくすぶり続けてしまいます。悲しみには心を癒す働きがありますから、負の感情を押し込めないようにしてください。

いつまでも苦しみ、つらさが続くときは、信頼できる誰かに自分の話を聞いてもらうとよいでしょう。「そろそろ遺品を整理しなければならないのだけど、まだできなくて……」などと、ありのまま話すことで、心の落ち着きを取り戻す手助けになってくれます。

遺族会に参加されるのも、心のケアになります。遺族会は、心を深く見つめる「分かち合い」というご家族同士の語らいが主な活動のところが多いです。中には「癒し」や「気晴らし」を目的としたレクリエーションなどを行うところもあるようです。

あるいは、専門的なカウンセリングを受けるのもよいと思います。まだ数は少ないですが、「遺族外来」「遺族ケア」を行っている施設もあります。

精神科医や臨床心理士は遺族の話に耳を傾け、罪悪感のある人に対しては、誤解を解くようなやりとりを行って、罪責感を緩和できるように導きます。ときに、治療法や看取りで問題がなかったことをはっきりと伝えたりすることもあります。

悲嘆が続いている遺族の方は、うつ病になるリスクが高くなりますから、心の疲れがたまったときは、ぜひ受診されてください。

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