薬物治験の段階:タミフルと副作用の問題
新薬誕生までのプロセスはネットでどこまでわかるか

文:諏訪邦夫(帝京大学八王子キャンパス)
発行:2007年9月
更新:2013年4月

  

すわ くにお
東京大学医学部卒業。マサチューセッツ総合病院、ハーバード大学などを経て、帝京大学教授。医学博士。専門は麻酔学。著書として、専門書のほか、『パソコンをどう使うか』『ガンで死ぬのも悪くない』など、多数。

治験の3段階

「新薬誕生までの道のり」やがんセンターの「治験」説明の頁などに一応の解説があり、それによると化学物質や植物・微生物から抽出した物質(成分)をまず検討します。次が「非臨床試験」として培養細胞や動物実験で安全性や有効性を調べます。

ここまで進むといよいよ「治験」に入ります。薬を人に使って安全で有効かどうかを調べる最終確認作業で、参加者の同意を得て人体実験をします。ここは3段階にわかれます。この解説は都立大塚病院の頁が明快で、それを中心に引用します。

第1相試験(フェーズ1)は、安全性と有効性、薬物の体内における動態、投与方法と投与期間などを定めます。薬の効果自体を調べることが主目的ではないので、健康なボランティアを対象とする場合も多いようです。薬物の吸収・分布・代謝・排泄に関する性質、例えば経口摂取したものがどの程度吸収されるか、それが肝臓を通り抜けて動脈から全身に回って作用を発揮する「生物学的利用度」、消滅していく経過を示す血中半減期、さらに消滅過程などを量も含めて検討します。

第2相試験(フェーズ2)は、少数の患者を対象として類似の問題を検討します。すなわち、安全性と有効性、投与方法と投与期間、薬物の体内における動態、治験薬の薬効の範囲を実際の患者さんで検討します。さらに、次の第3相試験ではどんな投与方法にするか、投与期間や投与量などもここで決めます。

第3相試験(フェーズ3)は臨床治験の主要部分で、かなり多数の患者さんを対象にして有効性、安全性及び有用性、用法・用量、副作用と回復の経過、併用される頻度の高いほかの薬物との併用の効果や相互作用、副作用や薬効の変化の経過などです。薬効を調べる際には、「二重盲検法」といって患者を2群に分けて、一方には偽薬を投与します。その際どの患者が実薬か偽薬かは患者も担当医師も知らないまま結果を判定し、試験が全部完了してから薬が効いたかを第3者が検討します。患者数は、通常は100例前後です。

ここまで済むと、新薬の製造が承認され一般に使用が始まります。

副作用は第4相で:タミフルの場合

タミフルの場合、「何故これほど重大な副作用のある薬物を承認したのか」、「重大な副作用を何故事前に発見できなかったのか」との疑問が表明されました。

この点、実は簡単な数字で説明できます。タミフルの治験第3相の成績の報告書によると、実際の症例数は122例。一方、タミフルで「墜落」や「転落」などの副作用・合併症が実際に起こった数は180例と発表されています。ところがタミフルを服用した人は、この薬が保険適用になった2001年2月以降に使用量は急増して、年間に800万人と発表されています。これを割り算すると、事故の発生は800万人に180例、つまり4万人に1人の比率です。

第3相で調べたのはわずか100例あまりです。4万人に1例しか発生しない稀な合併症は、100例の第3相試験では発見できなくて当然です。

ところで治験には「第4相」があります。製造が承認されて一般に使用されてから発生する事件も積極的に調査してデータを集積するのが第4相で、ルールで規定されています。その点はいろいろな箇所に書かれていますが、たとえば薬審第592号(平成7年5月24日)の「致命的でない疾患に対し長期間の投与が想定される新医薬品の治験段階において安全性を評価するために必要な症例数と投与期間について」では厚生省薬務局審査課長名で各都道府県衛生主管部(局)長殿に当ててには、「一方、治験段階での安全性評価においては、たとえば1000例に1件未満の割合で発現するような稀な有害事象を検出することは期待されていない」と明快に記述されています。

問題は厚生労働省とジャーナリズム

要するに、稀な合併症や副作用は第3相試験までで事前にはわからないのが当然で、だからこそ頻度の低い合併症や副作用を一般使用開始後に「第4相」として調査するルールなのです。新聞報道された事故に対して「そういう副作用は今までに報告がないから薬物とは無関係」という言い方をしたとすれば、その態度は間違いです。

もし厚生労働省が本当にそう言ったのなら、厚生労働省の間違いですが、彼らは専門家ですから知らないはずはなくて「知っていてとぼけた」と推測します。それから、私の知る限り第4相の問題をジャーナリズムは一切触れず、こんな簡単な計算を見逃して関係者の間違いを指摘しないジャーナリズムは不勉強過ぎます。

薬のメカニズムは不明が通例

薬で問題が生じると、「メカニズムが不明」だからと言い逃れます。「タミフルで転落事故が発生したが、転落するメカニズムが不明」だから、「タミフルは無関係」という類の主張です。 これは間違いです。そもそも「薬の作用メカニズム」は基本的に不明なことが多いのです。臨床試験の第1相から第4相のどこをみても、メカニズムの議論はありません。「薬は効くか効かないか」が問題で、「どんなメカニズムで効くか」は問題になりません。

「効くか効かないか」は医療面でもビジネス面でも重大な問題で大きなお金が投入されますが、「効くメカニズム」は科学レベルの問題です。

薬の効果が判明してから作用のメカニズムが判明するまでには、一般に長い時間がかかります。モルヒネの元のアヘンは紀元前数千年に有効性が判明し、1800年初頭にはモルヒネが抽出され広く使われるようになりました。ところが、作用メカニズムが判明したのは、1970年ころとつい最近になってのことです。

「副作用のメカニズムが不明」は「薬の副作用ではない」ことと同義語ではありません。今回はタミフルを中心に議論しましたが、抗がん剤の場合にも当てはまります。

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