潜伏がんと過剰診断
潜伏がんの発見に過剰な処置を施してしまうことも

文:諏訪邦夫(帝京大学幡ヶ谷キャンパス)
発行:2009年1月
更新:2019年7月

  

すわ くにお
東京大学医学部卒業。マサチューセッツ総合病院、ハーバード大学などを経て、帝京大学教授。医学博士。専門は麻酔学。著書として、専門書のほか、『パソコンをどう使うか』『ガンで死ぬのも悪くない』など、多数。

治療段階ではない、潜伏しているがんに対して過剰な検査が行われることがあります。検診はがんを見つけることが重要なのではなく、がんによる死を防ぐことが目的です。「潜伏がん」という言葉について、またそれと深く関わる過剰検診についてのホームページをいくつか紹介します。

潜伏がんの定義が2種類?

「潜伏がん」という用語に出くわして、それを調べてみましたが、そもそも定義が2種類あってすっきりしません。

「がんと無関係の死因で亡くなった方の解剖で見つかるもの」と、「痰にがん細胞があるが、がんがどこにあるかが見つからないもの」の2通りです。前者は、「高齢者のがん」や後述する斎藤博さん(国立がん研究センターがん予防・検診研究センター検診技術開発部長)の講演で採用されており、「死亡原因は見つかったがんではない」と解釈できるのに対して、後者は、肺がんの潜伏がんの定義で、国立がん研究センターのホームページにあるもので「この潜伏がんがやがて顕在化し死に至らしめる可能性もある」と解釈できます。

「潜伏がんが潜伏する時期はどのくらいか」を調べてみましたが判明しません。しかし、その調査の途中で「過剰診断がん」という用語に出くわし、これが「潜伏がん」と深い関係にあると判明しました。

私の経験から

私は現在も臨床麻酔科医として少し働いています。しばらく前に、実際の患者さんの麻酔を担当していて、こんな疑問を持ちました。重い心臓病を持つ80歳の女性が甲状腺がんの切除を受けたのですが、心臓障害のために麻酔に大変骨が折れました。何とか無事に切り抜け、後遺症はありませんでしたが、一歩間違えば寿命を縮める合併症が起こった危険は十分にあったと感じます。一般論として、甲状腺がんは成長が遅く、切除しなくてもあと数年は問題なく生きると予測でき、潜伏がんに近い性質です。ですから、手術の合併症で寿命を縮めるなら、この手術は割に合いません。

ほかにこんな例もあります。71歳の男性が胃カメラ検診を受けて、その後重度の脳障害になり、半年後に死亡しました。「胃がんの検診」で結果的に脳障害から死亡ですから、明らかに「検診が割に合わない」例です。後者は、私が臨床の現場で出くわしたものではありませんが前者は臨床の場での実例でまれではありません。

潜伏がんを調べていて、近藤誠さん(慶応大学医学部放射線科)の「がんもどき」理論を知りました。近藤さんの主張が全面的に正しいとは考えませんが、少なくとも医療の一部に「ムダ」「手をつけないほうがよい」ものがある点は事実で、その見方を指摘し、世に示した近藤さんの功績は大きいと考えます。

がん検診と過剰診断の問題

潜伏がんを調べていて、「がん検診の基本的な考え方」という斎藤博さんの講演記録を見つけました。

これは「検診とは何か、どうあるべきか」を詳細に述べた19頁にわたる大きな記録で、いろいろと教えられる点が多いです。

その中に「過剰診断がん」という概念があります。がんを見つける能力が非常に高くて、どんな小さいがんも見つけるが「それを治療することは多分無意味」というものを指しています。

例として最初に挙げるのは、小児の神経芽腫です。このがんはカテコールアミン(ドパミン、アドレナリンなどの生体アミンの総称)を作ってそれが血液と尿中に出るので、尿の検査で検出できます。この検査を行わずに症状で見つかるのが10万人中7人程度に対して、検査を行うと10万人中14人程度が見つかるので、「検査で患者が2倍検出できた」ことになります。ところが、神経芽腫の進行がんも、それによる死亡も両群で差がありません。神経芽腫は特殊ながんで、自然にしぼむ「自然退縮」という現象がしばしば起こり、尿のカテコールアミン測定は、自然になくなりやすい、放っておいてよいものを見つけただけと結論されています。

もっと頻度の高い病気で、似た検査が行われるのが前立腺がんに対するPSA(前立腺特異抗原)検査です。この検査も感度が高すぎて「陽性率」が高く、間違いではなく「前立腺がんの存在」を確かに示しています。ところが、前立腺がんは潜伏がん状態で推移する率が高く、治療不要な場合が多いらしいのです。しかし、PSAで前立腺がんの存在を疑うと、当然次の段階の検査に進みます。つまり、この検査は「過剰診断」を招くとの意見もあります。実際、厚生労働省もそういう意見を表明し、日本泌尿器科学会がこれに反論しているという議論が、07年9月に新聞にも載り、このシリーズでも扱いました(PSAのレベルと前立腺がんの診断と予測 この検診は割に合うか)。

こうした例に基づき、斉藤さんは「がんを見つける」のを検診の目的にするのは誤りで、「がん死を防ぐ」ことを検診の目的にするべきと明言しています。

私の感覚と評価

前の私の文章で、米ボストン州の医師バリー氏が類似の論理で「PSA検査を受けない」という主張を紹介しました。斉藤さんの解説で、前立腺がんをPSA検査で見つけた段階では「潜伏がん」に等しく、成長すると決まったものではなく、近藤誠さんの「がんもどき」と考え方は似ています。

「潜伏がんの潜伏期間の長さ」に、明快な回答はありません。「死体解剖で見つかる」定義からは潜伏期間が不明で当然です。しかし、国立がん研究センター式の「痰にがん細胞があるががんは見つからない」定義なら、そこから自然経過を追った例で評価できるかもしれません。

そこで、期間を仮定して自分の行動を予測してみました。「痰にがん細胞があるが、がんは見つからない」とします。その際、「一生懸命に探してもらって治療の可能性を探る」でしょうか。私は現在71歳です。今、潜伏がんが見つかって障害が出始める期間が1年としたら、手術可能となった段階でそれを真剣に考えるでしょう。肺がんの5年生存率は、1Aで80~90パーセントで、1Bで70~80パーセントなので、そこまで待っても私の寿命はほぼ全うできます。潜伏期間が10年なら手術は受けないで、経過をみます。「あと10年生きられたらまずます」と考えます。もっとも、予測される障害の程度と種類にもよることで、一律にはいえません。

私が40歳のときなら評価が違います。障害の出始める期間が10年以下なら、即手術を受けます。自分の社会的寿命や子供たちの成長を見きわめる責任がありますから。30年なら手術を受けませんが、潜伏期間が30年とは考えにくく、長くてせいぜい10年でしょうから、40歳のときなら結局手術を受けると推測します。これが私の論理です。

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