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特別対談・日本のがん医療を考える 養老孟司(北里大学教授、東京大学名誉教授)×中川恵一(東京大学助教授)

撮影:板橋雄一
発行:2005年10月
更新:2020年3月

  

全てのがんには個性がある

中川恵一さん

なかがわ けいいち
1960年東京都生まれ。85年東京大学医学部医学学科卒業後、同大医学部放射線医学教室入局。現在助教授。2003年より東京大学医学部付属病院緩和ケア診療部を兼任。著書に『癌放射線治療ハンドブック』(中外医学社)、『放射線をかけると言われたら』『患者の疑問に答える』(三省堂)など多数

養老孟司さん

ようろう たけし
1937年神奈川県生まれ。62年東京大学医学部卒業後、解剖学教室に入る。55年東京大学医学部教授を退官。現在東京大学名誉教授、北里大学教授。著書に『私の脳はなぜ虫が好きか?』(日経BP社 )、『バカなおとなにならない脳』(理論社)、『死の壁』(新潮社)、『バカの壁』(新潮社)など多数


中川 さて、先日出版した『自分を生ききる』(小学館刊)の中に先生が50歳代の頃に入院された話を書かれていますね。

養老 ああ、がんかもしれないという話ですね。

中川 はい。そのときは東大を受診されたわけですか?

養老 そうですね。東大です。それでX線を撮った。そしたら影がでましてね。まあこの年だとね、もう10年前ですけど……。

中川 普通は、CTや、あるいは細胞診などで検査をしますね。

養老 そうです。だからそうしてくれって言われて、影がでているからとCTを撮ってね。でも、そのまま、恐らく昔の結核のあとではないかと放っておいた。それから検査はしていません。

中川 なるほど。本当のがんだったら亡くなってますね(笑)

養老 わかりませんね(笑)

中川 そういえばその問題、ありましたね。結局検診や画像診断が進んでくると、要するにがんじゃないのにがんに見えるものが非常に多くなった。ですから、5年生存率が向上したという中には、おそらく実際にがんじゃないものを早期発見し、治療しなくても良かったものが生存率の向上に寄与するという。

養老 僕は前からそれを疑っていましたから。まともに考えたらすぐわかりますよ。早く切るということは、ほっといたらどうなるのっていう疑問が生じます。そうかといってほっとくわけにもいかないでしょうから、当然切ることになる。そうすると治癒率は上がるわけですよ。

中川 なるほど。がんの診断というのがそれこそ先生のおっしゃる二元的な感じになっていますよね。要するにがんか、がんではないか。僕も含め臨床腫瘍学をやっている人間は、そこに疑いを持っていないんですよ。我々も結局細胞診でクラス3(悪性の可能性がある)クラス4(悪性を疑う)だというのですが、本当はがんか否かということの一部の情報を見ているだけだと思っている。

養老 おっしゃるとおりです。イエスかノーかの話になっているけれど、実は生き物ってイエスかノーかではない。中間があるんですね。今の世界はアバウトな返事が許されていない。

本来告知をする技量のない医者が告知をする現状

中川 ところで先般の対談の際に、私が100パーセント告知をしていると申し上げた際に、先生が「うん?」とおっしゃって……。たとえば先生にお願いした平成8年の東大公開フォーラム。これは告知が是か非かというよりも何であんまりしないんでしょうという話だったんですが、先生がおっしゃるように確かに日本人は何千年かけてきた文化があって、阿吽の呼吸で間接的に告知するという非常に高級な方法をとってきた。ただ、僕ら医者からすると、それだけではちょっと足りないところがあるわけです。治療法の選択などに部分的にでも患者さんご本人が参画してもらうことの良さというものも強調したかった。

ところが、ここのところ急速に医者が告知をするようになってきて、本来告知をする技量のないお医者さんまでやれということになってしまった。ほかの患者さんがいて本当に薄いカーテンのしきりだけ、そこで「あなたはがんですよ、余命は6カ月ですよ」と言われる。そういうことが平気で行われている。そうなると、私も告知に関しては少し考え方を変えなければいけないかなと言う気がしてきています。少しずつ何回かに分けてその状況を考えた上でないと、あまりにも医者が自分を守るというか、養老先生風に言うとエリート性を捨てている。

告知をしないで、だけれども結果的には患者さんを導いていくというのは、非常に医者の主体性が強調されるところで負担が大きいですね。

養老 そうですね。「がんといったっていろいろあるでしょう」という風にまずそこを一般の方に理解してもらうべきではないでしょうか。全てのがんには個性があるわけで同じものはないんだから。同じ胃がんだっていろいろありますから、ありとあらゆるがんがあるわけです。

中川 確かにそうですね。たとえば悪性リンパ腫というがんがありますが、この中にモルト(MALT)という、粘膜からでる良性に近い悪性リンパ腫があります。良性に近いというと非常にわかりにくいのですが、これはヘリコバクターピロリ菌がかなり起因すると言われています。

この病気でおもしろいのは抗生物質で除菌をするんですね。そうすると悪性腫瘍であるリンパ腫が消えるんです。比較的短期間で。そういう治り方をする病体を、悪性リンパ腫というくくりで疾患概念として入れてしまうのは変ですよ。まあ病理学者はそれでも良いのかもしれないですが、悪性リンパ腫といわれる立場の患者さんにとって天と地の開きがあるんです。

養老 悪性じゃないね。

中川 悪性じゃないですよ。

こういうことでも、臨床腫瘍学というがんの医療というのは考えなければいけないところがありますね。


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