効果と副作用を客観的に判断し、自分にとってのプラス要因の有無を考える
臨床試験とは何か。患者さんのためになるか
医学研究科助教授の
佐藤恵子さん 静岡がんセンターのCRCの
齋藤裕子さん
エビデンスに基づいた臨床試験
臨床試験というと、なかには「人体実験」という言葉を想起し、患者がモルモットのように扱われるイメージを持つ人もいるかもしれない。
しかし現実の臨床試験はまったく違っている。とくに97年に厚生労働省で臨床試験実施要領(GCP)が政令として定められてからは、エビデンス(科学的根拠)を基盤にした試験内容や実施手順が明確化されており、被験者の権利についても細やかな配慮がなされている。
「臨床試験への参加を希望する人には、事前のインフォームド・コンセント(説明と同意)を通して、その臨床試験の内容、進め方、さらに参加によって生じるベネフィット(利益)やリスクについても正確に伝えられるようになっています。もちろん参加を強制するようなこともありません。じっさい、いったん試験に参加した後でも、気が変われば試験から下りることもできるのです」
と、語るのは、数年前まで国立がん研究センターで臨床試験を運営し、医師と被験者となる患者の橋渡しともいうべき役割をも担当するCRC(Clinical Research Coordinater)として働いていた京都大学大学院医学研究科(社会健康医学専攻)助教授の佐藤恵子さんである。
がん患者の中には、臨床試験に対してネガティブなイメージを持つ人もいるかもしれないが、逆に積極的な参加を考えている人もいるだろう。そこで、じっさいに臨床試験とはどんな意味を持ち、どのように進行していくのか、CRCとして豊富なキャリアを持つ佐藤さん、そして現在、CRCとしてさまざまながん治療薬の臨床試験を担当している静岡県立静岡がんセンターの齋藤裕子さんに聞いてみた。
試験が研究を伴うこと 試験の目的 |
臨床試験の意義、クスリとリスクの間で
まず臨床試験にはどんな意味が込められているのか。臨床試験の意義について佐藤さんはこう語る。
「医療の世界を志す学生に私はいつも、薬(クスリ)という言葉を後ろから読むことを忘れないようにと指導しています。薬剤の使用には効果とともに必ずリスクが付きまとう。臨床試験とは、多くの人を対象にそうした薬剤の効果や副作用を正確に調べるために行われます。そうして効果と安全性を合わせた有用性が認められた薬剤だけが、承認されることになるのです。もちろんがん治療薬もその例外ではありません」
臨床試験には第1相(フェーズ1)から第3相(フェーズ3)に至るまで3つの段階が設けられており、それぞれの段階により、臨床試験の目的、意味は異なっている。
第1相試験では、その試験薬の安全性と生体内での作用機序を確認するための薬剤の体内動態が、第2相試験では第1相試験の結果を踏まえ、がん種を絞ったうえで、より具体的な効果、副作用の程度が調べられ、現実の治療に即した投与量が設定される。そうして第3相試験で、今度はより多くのがん患者を対象に、従来の治療法との比較試験が行われることになるわけだ。
こうした新薬開発のための臨床試験は、医薬品メーカーからの依頼に応じて行われており、一般には治験と呼ばれている。話は少々、複雑になるが臨床試験には、そうした治験とは別に個々の医師の発案によって行われる医師主導型臨床試験も含まれている。
クスリにはリスクがつきもの。とくに抗がん剤の場合は副作用のリスクが大きい
よい治療法や新薬の開発が本来の目標
ところで、ひとつ知っておきたいのは、こうした臨床試験の目標はあくまでも将来に向けられていることだ。
「臨床試験に参加すると、試験薬とはいえ新たな可能性を持った治療薬が使えるのですから、その点で患者さんが利益を受ける可能性があるのは事実です。しかし、本来の目標はあくまでもよりよい治療法や新薬の開発にあります。臨床試験に参加を考える人には、そのことをしっかりと理解していただきたいと思います」
と佐藤さんは話す。
臨床試験への参加で、新たな治療に期待を抱くのも当然の心理だが、臨床試験とは元来、将来の標準治療になるかどうかのエビデンス(科学的根拠)を得ることを目的に行われるものであるということだ。
では第1相試験から第3相試験に至るそれぞれのプロセスで、臨床試験はどのように進められ、それぞれの段階で被験者となる患者には何が伝えられるのだろうか。
副作用の危険が高い第1相試験
臨床試験の第1相試験は、動物実験などの研究を終えた試験薬が、初めて人を対象とした俎上に載せられる。一般薬の場合には、対象となる被験者は健康な人の間から募られるが、がん治療薬の場合は通常、治験参加の時点で通常の治療法では効果が認められないか、一般に認められた標準的治療法がないがん患者が対象となる。また副作用や試験薬の体内動態を調べる観点から、内臓など身体機能が良好なことも参加の条件となる。
ちなみにこの第1相試験は、原則として3人の被験者を1グループとして、同量の試験薬投与が行われる。そうして安全性に問題がないと判断されると投与量を引き上げていき、逆に安全性上の問題が示唆された場合には、さらに3人の被験者に同量を投与し、3人中2人あるいは3人に副作用が現れた時点で、試験は中断されることになる。その投与量が安全面での限界点とみなされることになるわけだ。もちろん被験者にはどの段階で参加するかという選択権は認められていない。
付け加えると、この第1相試験は、予期せぬ副作用の危険があり、試験を実施する病院には慎重な対応が求められるため、国内では国立がん研究センター、癌研有明病院、静岡がんセンター、近畿大学付属病院など限られた病院でしか行われていない。また、一般的にこの段階では被験者も10~30名とごく少数に限られている。
試験に参加した場合のメリットとデメリット
この第1相試験ではまだがん種は絞られず、固形がん患者という大まかな区分で、担当医を中心に参加候補者がリストアップされる。そうして担当医が病状や治療法の選択肢をいくつか提示し、その選択肢の1つとして治験の概要を説明し、参加を打診した後に齋藤さんたち、CRCの出番が訪れる。そのときには、どんなことが話されるのか。
「試験薬の安全性、体内動態の調査を目的とした第1相試験は、通常、低用量の薬剤投与から始められます。そのため試験に参加する患者さんには治療効果が十分に期待できない場合もあります。にもかかわらず副作用のリスクはつきまとう。また試験に参加すると、入院が義務づけられたり頻繁に通院したりしなければならなくなり、そのことが患者さんの負担につながることもあります。
事前の説明時には、副作用が出た場合のサポート体制も含めて、試験に参加した場合のメリット、デメリットを率直にお話しします。また、患者さんの中には、本当は気乗りがしなくても、担当医師からの試験参加への依頼を断りきれない人もいます。そうした方々の本音を探り出し、医師に伝えることも私たちの役割です」
と、齋藤さんは話す。
齋藤さんたちCRCが1人の被験候補者の説明に要する時間は40~50分。原則として患者の家族にも同席してもらうという。そうして数日~2週間程度、参加の可否を検討してもらい、参加を希望する場合には同意書を提出してもらうという。
またその際には試験について詳しく説明した小冊子が患者に手渡される。これは治験依頼者である製薬会社が作成した案に齋藤さんたちCRCが手を加え、試験の責任医師がチェックしたものだ。
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