凄腕の医療人

小さな傷、小さなダメージ真の低侵襲を目指して

取材・文●祢津加奈子 医療ジャーナリスト
発行:2013年8月
更新:2019年7月

  

小嶋 一幸 こじま かずゆき
1987年 群馬大学医学部卒業。東京医科歯科大学第2外科に入局。1999年、東京医科歯科大学第2外科助手。胃がんの腹腔鏡手術を始める。2000年、米国マウントサイナイ病院 Minimum Invasive Centerに留学。2003年、東京医科歯科大学大学院腫瘍外科学講師。2010年より現職


反対ムードが漂うなか、胃がんの腹腔鏡手術に取り組み続け、その進歩とともに歩んできたのが、東京医科歯科大学低侵襲医学研究センター教授の小嶋一幸さんだ。「今では対象も拡がり、より難しい技術が注目されていますが、まず基本的な術式を定型化して安全確実にできるようにすることが先決です」と語っている。

早期胃がん切除を腹腔鏡で

午前10時前、この日の腹腔鏡手術が始まった。

患者さんは、70代の男性。がんは胃の入り口付近(噴門部)にあり、大きさは1.5~2cmほど。

粘膜下層にとどまる早期がんだが、小嶋さんによると「内視鏡的粘膜下層剥離術(ESD)でがんを削り取っても、リンパ節郭清を伴う再手術が必要になると思われる」ため、腹腔鏡手術が選択されたそうだ。

まず、腹部に5~12mmの穴を5カ所あける。おへそにあけた穴から腹腔鏡を挿入し、その画像を見ながら、4つの穴から挿入する器具を使って手術が行われる。

今回は、胃の入り口付近にがんがあるので、「噴門側胃切除」によって、胃の上部約2分の1が切除される予定だ。

しかし、そこに到達するまでが大変なのだ。胃を露出させるためには、胃底部(胃上部のふくらみ)からエプロンのように垂れ下がった「大網」という脂肪の膜を切り開いていかなくてはならない。

大網の中には、細い血管だけではなく、太い血管も隠れている。胃に行く動脈や静脈だ。こうした太い血管を慎重に露出してクリップで止めて切断する。

「太い血管の位置を常に探りながら全体像をつかみ、慎重に剥離していくのです」と小嶋さん。それでも、太った患者さんでは、大網を切り開いていくだけでもジワジワと血液が染みだす。それを丁寧に焼灼して止血しながら作業を進めていく。こうしてリンパ節の郭清も行われる。

12時20分。ようやく胃切除の準備が整った。露出した胃の切断部分に青い色素で印をつけ、自動縫合器でガチャンと切断すると同時に縫合する。

食道側も切断し、切除した胃は少し大きくした穴から取り出された。「重さ294gです」。

切り開くと胃の内側に小さな隆起があった。がんは、無事取りきれたようだ。

次は、胃の再建だ。再建にもいろいろな方法があるが、今回は食道と空腸(小腸の一部)、残った胃と空腸をつなぐ「ダブルトラクト法」が採用された。

これは、小腸の一部を切離して食道とつなぎ、さらに小腸の下方で残った胃とつなぐ方法。操作が複雑なので腹腔鏡で行うようになったのは、ここ数年のことだ。

小嶋さんによると「飲食物は食道から4割が小腸に入り、6割が残胃に入ります。胃の機能が維持され、かつ早くから量的に食べられるのと、胃酸が逆流しにくいのが利点」だ。

噴門部は、胃の入り口を閉じる役目もしているので、残った胃と食道をつなぐだけでは、胃酸が逆流して「逆流性食道炎」を起こしやすいのだ。

14時30分、手術は完了。小嶋さんは「4日目には食事がとれるようになり、順調なら1週間後には退院できるでしょう」と語った。

左利きが幸いして腹腔鏡に没頭

胃の噴門部にできたがんを切除するため、胃の上部約2分の1が摘出された

小嶋さんが、東京医科歯科大学で胃がんの腹腔鏡手術を始めたのは、1999年1月。

「胆のう摘出から始めて1996年頃には大腸がんの腹腔鏡手術を行っていたのですが、胃の方は良性疾患から始めて4年かかって早期がんまでたどりついたのです」

検査器具だった腹腔鏡が、胆のう摘出術に応用されたのは1980年代後半のこと。小嶋さんは、初めて腹腔鏡手術を行ったときから魅了された。

「まず、傷が小さい。当時はまだ『偉大な医者は大きな傷の手術をする』と言われましたが、腹腔鏡はほとんど傷が残らず、回復が早いので患者さんが喜ぶ。そして私は生まれつき左利きで小さいときに右手に矯正された両利きだったので、腹腔鏡手術は自分に向いていると思ったのです」

当時は、手術も全て右手で行うように指導された。ところが、腹腔鏡手術をしてみると、すぐに左手の動きが非常に重要なことがわかった。左手と右手を器用に使い分けられる小嶋さんの特性は、まさに天賦の才。「開腹手術より腹腔鏡手術を究めたい」と考えるようになった。

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