凄腕の医療人

高度な技術と情熱で乳房を美しく甦らせる!

取材・文●祢津加奈子 医療ジャーナリスト
発行:2013年11月
更新:2014年2月

  
「患者さんの心の痛みを癒したい」と乳房再建を始めた佐武利彦さん。手術は慎重で美しく、向上を重ねている

佐武利彦 さたけ としひこ
1989年久留米大学医学部卒業。東京女子医科大学形成外科、鹿児島市立病院形成外科、川口市立医療センター外科等を経て、2008年から横浜市立大学附属市民総合医療センター形成外科准教授。2000年より穿通枝皮弁による乳房再建術を手掛ける。日本形成外科学会認定形成外科専門医、日本外科学会認定外科専門医、日本手外科学会専門医。日本乳癌学会乳腺認定医、日本形成外科学会評議員、日本乳房オンコプラスティックサージャリー学会評議員


乳房の形や大きさは千差万別。こうした個人差や患者さんの要望に応じて、テーラーメイドの乳房再建を行うのが、横浜市立大学附属市民総合医療センター形成外科准教授の佐武利彦さんだ。患者さんの難しい希望にも応えられるのは、「穿通枝皮弁」などを活用した高度の技術をもち、「少しでも患者さんのため」という強い思いがあるからだ。

生きた組織、血管を移植する

① 再建前。皮膚や組織を拡張するために挿入したエキスパンダーで、固く盛り上がった状態

この日、乳房再建を受けるのは昨年(2012年)2月に右乳房のがんを摘出した42歳の女性。右胸は、皮膚や組織を拡張するために挿入したエキスパンダーで固く盛り上がっている(写真①以下同)。

「この患者さんの場合、リンパ節転移があったので、乳房全摘後に放射線を照射しています。その分、組織の拘縮が起こりやすいので、自家移植のほうが向くのです」と、佐武さんが説明する。手術と放射線照射で組織が硬くなり、血流も低下しているため人工物(インプラント)を挿入すると、組織が拘縮して再建した乳房の形が変形したり、痛みが強くなったりすることがあるのだ。

② 取り出されたエキスパンダー。ここの筋肉と皮膚をはがしてポケットを作り、穿通枝皮弁を移植する

通常、移植には筋肉ごと脂肪組織を用いるが、佐武さんは筋肉を残して皮膚に脂肪と血管が付いた「穿通枝皮弁」を使う。今日はこの穿通枝皮弁を腹部から採取する。

まず、胸の筋肉の下に入れていたエキスパンダーを摘出し、筋肉と皮膚(真皮)の間を少しずつはがしてポケットを作る(②)。ここに脂肪を移植するのだ。

その間に血管をチェックする。移植は穿通枝皮弁と乳房の血管がつながって初めて成功する。そこで、まず乳房側の血管が使えるかどうかを確認するのだ。

③ 腹部から皮膚に脂肪と血管が付いた穿通枝皮弁を採取する

今日使うのは内胸動脈だ。大胸筋を開いて肋骨の間から内胸動脈を露出させ、使えることを確認した。その上で腹部から穿通枝皮弁の摘出に入る(③)。

腹部はおヘソを残して、三日月型に組織を摘出する。佐武さんによると「腹部からは800gから1㎏ほど組織が採取できる」そうだ。

電気メスで黄色い脂肪組織を少しずつ筋膜からはがしていく。脂肪はクッションの役割もしているので、適度に残すのがコツだ。

④ 腹部から取り出された穿通枝皮弁

ここで重要なのが穿通枝だ。穿通枝は、筋肉を走る太い動脈から枝分かれして脂肪組織を養う細い血管だ。脂肪組織をはがしながら細い神経を残し、穿通枝の位置を確認する。さらに、造影剤(インドシアニングリーン:ICG)を入れて穿通枝によって栄養が送られている組織の領域を確認する。

左側に少し暗い部位が見えるが、ほとんどの部位に血液が回っていることが確認された。これならば大丈夫だ。筋肉(腹直筋)を切開して中を走る穿通枝を露出させ、10cmほどの長さを切除した。

これで、皮膚に脂肪組織と穿通枝が付いた穿通枝皮弁が採取できた(④)。次はいよいよ移植だ。

エキスパンダー=風船状の組織拡張器 自家移植=自分自身の組織を移植すること

綿密な調整で健側と同じ形の乳房を再建

⑤ 穿通枝皮弁は移植前に一度仮固定する

摘出した穿通枝皮弁は、840gあった。

午後1時。穿通枝皮弁を丸めるようにして右胸のポケットに入れ、仮固定する(⑤)。まだ、左乳房と比べるとだいぶ大きい。仮固定で形を整えたらまず、乳房側の動脈と皮弁の穿通枝を結合する。1㎜未満の細い血管を、顕微鏡で見ながら1針ずつ丁寧に縫合していく。そして、余分な部分や血行の悪い部分を切除していく。

「血管の内側の中膜や内膜まできちんと縫うことが大事」と佐武さん。同じく静脈も縫合する。

⑥乳房側の動脈と移植する皮弁の穿通枝を結合したら、ベッドを起こして両側の乳房を比べ、高さや大きさを念入りにチェックし、余分な皮弁を切除して乳房の位置を決定する

併行して、穿通枝皮弁を採取した腹部の縫合が始まった。膝を立てて皮膚を引き寄せ、山脈のように縫合面を吊り上げて縫うのが「皮膚の緊張を緩めて傷をきれいに治す」コツなのだそうだ。

乳房側では、移植した穿通枝皮弁の上部を大胸筋に縫い付けている。

「デコルテで目立つ部分なので、しっかり縫います」と、助手を務める黒田真由さんが話す。穿通枝皮弁をポケットに押し込むと、大きめだがプルンとした乳房が出現した。

⑦位置が決まったら皮弁の表皮をはくり剥離して、皮膚を細かく縫い合わせて乳房を再建する

ここからが美的感覚の見せ所。ベッドを起こして上半身を立たせ、正面から両側の乳房を見比べ、高さや大きさのバランスをみる。「高いね」。佐武さんと黒田さんが何度もチェックし、余分な皮弁を切除したり、位置を調整する(⑥)。

「これでどうだろう」。位置が決まったのは午後3時過ぎ。皮弁は乳首を作る部位を丸く残して表皮を剥離した。乳房のポケットに入れて、皮膚を細かく縫い合わせる。期待に違わないきれいな仕上がりだ(⑦)。まだ乳首こそないものの、本物そっくりの柔らかくて丸い膨らみができた。

術後管理で成功率99%

術後48時間は1時間おきに血流のチェックや腫れの程度、廃液の色など術後管理が徹底的に行われる。これが大事と佐武さんは指摘する。

「血管が詰まりやすいのは、術後48時間です。翌日は移植した部位が腫れて、血管を圧迫するのです」

血管が詰まれば、移植した組織が壊死してしまうが、早く見つけて再手術を行えば、救済も可能だ。そのために、何が起これば異常なのかを看護師に指導して徹底的な術後管理を行っているのだ。

これまでに佐武さんは750例以上の患者さんに穿通枝皮弁の移植を行っているが、成功率は99%。手術でも予備の血管を潰さずに残し、穿通枝による組織の支配領域を明らかにするためにICGを用いた染色法を導入するなど、常に慎重かつ向上を重ねている。その姿勢が、「乳房再建の名医」といわれる所以なのだろう。

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