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女性にとって夢のように負担の少ない乳房再建術が実現

脂肪移植で失った乳房を取り戻す 乳房再建の新しい道を開拓

取材・文●軸丸靖子 医療ライター
撮影●「がんサポート」編集部
(2015年2月)

吉村浩太郎 
東京大学医学部形成外科講師

東京大学医学部形成外科講師の
吉村浩太郎さん

自分自身の下腹部や太ももなどから脂肪組織を吸引し、乳がん摘出手術で失った乳房に移植して組織を再生させる――女性にとって夢のように負担の少ない乳房再建術が実現した。つい数年前まで不可能とされていた脂肪移植による乳房再建術。再生医療も絡むこの領域で世界を牽引するのが東京大学医学部附属病院形成外科・美容外科であり、その先頭に立つのが今回の凄腕の医療人、同科講師の吉村浩太郎さんだ。

よしむら こうたろう 1985年東京大学医学部卒業後、形成外科学教室に入局。94~95年米ミシガン大学形成外科留学を経て、98年から東大形成外科講師。組織再生や加齢変化のための再生医療研究で世界を牽引する。脂肪組織を材料とした再生医療のほか、培養した細胞を移植することで皮膚や毛髪を再生する研究でも注目を集めている

避ける女性多かった従来の乳房再建術

現在、乳がん摘出術の主流を占めるのは、部分切除後に放射線治療や化学療法を組み合わせることで乳腺の一部を残す乳房温存術。ただし、がんの広がり次第では乳頭を残せず、乳房全体を大きく切除する乳腺全摘術が選択される。

全摘しても、お腹や背中から筋肉、皮膚、血管を採取して移植する自家移植という方法で、自然できれいな乳房が取り戻せる。ただ身体への負担が大きく、大きな傷が残るため、この方法を選択する日本人女性はこれまで少数だった。

シリコンインプラント(人工乳房)による再建であれば新たな傷をつける必要はないが、これまで保険適用となっておらず多額の治療費を要していたこと、胸の仕上がりが不自然なこと、定期検診と将来的な交換が必要なことなどがネックとなっていた。

しかし、2013年にシリコンインプラント乳房再建術が保険適用となり、自己負担額が7~8万円となったことから、乳房を取り戻そうとする女性が増えてきた。

この状況をさらに変える新しい技術が出現してきた。それが、自分の脂肪組織を吸引し、注射器で乳房に注入(移植)するという究極の乳房再建術である。

下腹部と右太ももから脂肪吸引

脂肪組織移植部位と吸引部位のマーキング
切開部位から下腹部の脂肪を吸引(上)採取された脂肪組織。やや赤味がかっているのは血液が含まれているため(左)

脂肪移植による乳房再建は、乳がん治療が終わり、乳腺外科医の了承が得られればいつでも開始できる。脂肪移植単独で行う場合には半年おきに2~5回ほど、タイミングを見ながら移植手術を繰り返して再建していく流れになる。

この日手術を受けたのは、左乳房部分切除後、脂肪移植による乳房再建を希望した62歳の女性。

1度目の注入手術を2014年5月に受け、今回は半年後の2回目となる。2時間とかからない手術だが、全身麻酔のため2泊3日の入院が必要となる。

入院2日目、予定時刻に入室した患者さんには、BRAVA(ブラバ)という豊胸のために開発された機器が装着されている。ドーム型のカップをあてて、陰圧をかけて皮膚や皮下組織を伸ばす機器だ。陰圧の刺激で乳房内の血流が良くなり、移植脂肪組織の定着が進むというメリットもあるという。

体を消毒後、脂肪を移植(注入)する乳房と吸引する下腹部および両太ももにマーキングが行われる。今回脂肪移植には180㏄が必要となるが、下腹部からだけでは不足すると見込み、不足分を太ももから採取する計画だ。左右の脚の付け根を5㎜ほど切開し、吸引針を挿入して、まず下腹部から脂肪組織の吸引を開始する。今回は下腹部から150㏄、右太ももから30㏄を採取した。

採取した脂肪を助手が生理食塩水で洗浄し、遠心分離器にかけて脂肪組織と廃液に分離する。抽出した脂肪組織は「トロロくらい」(吉村さん)の柔らかさになる。抽出作業の間に、吉村さんが切開部位の縫合を手際よく終える。

1㎜の穿刺傷跡も縫合

精製後、注射器に装填された脂肪
脂肪移植。柔らかく先がしなる針で穿刺していく
助手と呼吸を合わせ、乳房全体のバランスをみながら脂肪注入する

脂肪組織が移植注入用の注射器に装填されたら、いよいよ移植開始だ。使うのは20㏄のシリンジだが、ただの注射器ではない。助手がレバーを1回転するのに合わせて注入カニューレを10㎝分引き、0.5㎖の脂肪がスパゲティ状になって出てくる仕組み。注入針は吸引に使ったものより細く、かつ柔らかくしなるタイプだ。基本的には、乳輪部分を中心に円を描くように順に穿刺し、穿刺後、深いところから浅いところへ引き抜くように少しずつ針を動かして注入を繰り返す手技になる。

吉村さんは、乳房全体のバランスを見ながらぐいぐいと針を深く差し込み、表面から見てもどこに針があるのか分かるような位置にまで脂肪組織を注入していく。

「脂肪組織をスパゲティ状にするのは、移植脂肪の表面から血管が入り込みやすくするためです。移植した脂肪細胞の多くはすぐに死んでしまうのですが、間に血管が入り込んでくれれば次世代の細胞が組織を再生し、結果的に生着できます。針を深く広く差し込む目的も同じ。細くなればなるほど血管が細部まで入り込みやすいので、組織が死なないで済むわけです」と吉村さん。

注入完了後、吉村さんは注入針による傷を極細の糸で縫い始めた。傷は1㎜もない。縫合するほどではないことは自明だが、「小さくても傷が残ったら患者さんは嫌でしょう。1針だけだけれど、これで傷跡が残らずに済みます」。これが形成外科医たる吉村さんなのだ。

手術は1時間25分で終了した。この患者さんは6カ月後に3回目の移植を行い、乳房再建のすべてを終了する。

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