治癒率も通常手術と遜色はない

世界中が待望していた〝首に手術痕が残らない甲状腺内視鏡手術〟を開発

取材・文●黒木 要
撮影●「がんサポート」編集部
発行:2015年7月
更新:2015年10月

  

清水一雄 
日本医科大学名誉教授/医療法人金地病院名誉院長

日本医科大学名誉教授/医療法人金地病院名誉院長の清水一雄さん

喉ぼとけの下方に位置する甲状腺のがんは女性に多い。治療の中心は手術だが、首筋を横断するように残る手術痕が、取り分け女性患者や子供たちを悩ませてきた。そんな中、日本医科大学名誉教授(現医療法人金地病院名誉院長)の清水一雄さんは頸部にほとんど傷跡のない内視鏡手術を確立した。治癒率も通常手術と遜色はない。今、その内視鏡手術は内外で普及しつつある。

しみず かずお 1973年日本医科大学卒業、同大学付属第1病院第2外科入局。80~82年米国デューク大学、89~90年米国ハーバード大学・ワシントン大学へ留学。帰国後、日本医科大学第2外科講師、教授、主任教授・内分泌外科部長を経て、2012年内分泌外科大学院教授となる。2014年定年退職とともに日本医科大学名誉教授、6月金地病院名誉院長に就任。趣味はサッカー、野球、ゴルフなどスポーツ全般。剣道2段。ジャズアルトサックス演奏。

Vネックや開襟シャツでも気にならない手術痕

清水さんが独自の甲状腺内視鏡手術を開発したのは1998年。その前年、世界では別の方式の甲状腺内視鏡手術が2つの施設から発表され、注目を浴びた。だが看過できない重大な問題を抱えていた。

甲状腺内視鏡手術の開発のキーポイントは、「内視鏡の先端を介して甲状腺に到達させた手術器具を操作する空間をいかに作るか」ということにあった。内視鏡手術は腹部や胸部で開発が先行し、発達してきた。それは腹腔や胸腔という人体の自然の隙間がそこにあって、手術器具を操る空間を作る必要がなく、内視鏡手術に向いていたからともいえる。だが甲状腺にはその隙間がない。

「それをどうやって作るか。先行した2例は剥離した甲状腺の皮下の部分に二酸化炭素(CO2)ガスを高圧で注入して風船のように膨らませて空間を作ったのですが、ガスが組織から吸収され、不整脈や重篤な皮下気腫などの副作用が生じることがあり、当時は克服すべき課題となっていたのです」

写真1 内視鏡治療の手技(VANS法) 左側が頭部

写真2 通常手術後の痕

写真3 内視鏡手術後(痕跡はほとんど目立たない)

※本文中の写真はすべて清水さん提供

これに対し、清水さんはワイヤーを通して吊り上げるという斬新な方法を編み出した(写真1)。甲状腺を中心にして、2本のワイヤーを皮下に並行に貫通させ、上方に引っ張ってテントのように吊り上げるのだ。皮膚に空いた4つの穴は大きめの注射針を刺したくらいの痕跡しか残らず、いずれ目立たなくなる。シンプルだが副作用の心配はほとんどない、コロンブスの卵のような術式であった。

このワイヤーによる穴とは別に、清水さんが開発した術式で、開ける穴は2つである。Vネックのライン際の胸の部分に3.5㎝ほどの切開創を作る。ここから手術器具を挿入する。もう1つは首筋の横に5㎜ほどの穴を開け、ここから内視鏡カメラを挿入する。このカメラで撮影したリアルタイムの映像をモニターで見ながら、手術器具を操作するのである。

これらの手術創は術後の経過とともに目立たなくなっていく。胸の傷あとは消失するわけではないが、襟の空いたVネックや開襟シャツでも隠せる位置にある。首筋の傷は目をこらして見ない限り分からないくらいになる(写真2、3)。

清水さんが開発したこの内視鏡手術は良性腫瘍やバセドウ病、特殊な病態の橋本病に対しても行われる。国内を問わず、海外で導入する施設も増えており、手術の恩恵を受ける患者は少なくない。

傷跡が小さいだけではない他のメリットも

清水さんが開発した甲状腺がんに対する内視鏡手術のメリットは、傷跡が目立たないというだけではない。

甲状腺がんの手術では、転移の疑いのあるリンパ節もひとまとめに切除する。そのとき副甲状腺も間違って切除してしまう心配がある。副甲状腺は米粒ほどの大きさで、甲状腺の裏側に通常は左右2対ある。リンパ節と見た目が似ていて見分けがつけにくいのだ。

この副甲状腺は血中のカルシウム量を調節するホルモンを分泌する役割がある。これが切除されると低カルシウム血症になり、重度な場合、全身痙攣などの症状が出る。また、手術時に甲状腺に隣接する反回神経にダメージを与えると、発声や食物の嚥下に支障が出ることもある。

これに対して内視鏡手術では、カメラのクローズアップによって、それらを見分けることが容易になる。また、手術後は通常の手術では広い創に癒着が起こる。内臓や組織、筋膜などの傷跡が治癒の過程で互いにくっつく生理現象だ。

「この癒着が広範囲で起こると、引きつれるような違和感を覚える患者さんが多いんですね。左右を向くなど首を動かすとき、ぎこちなくなったり、食物や水を飲み込むときの違和感が出ることもあります。内視鏡手術では頸部に傷がないので、そのような違和感を抱く患者さんは明らかに少ないです」

再発率と手術の適応について

開発から17年。甲状腺がんに対するこの内視鏡手術の成績はどうなのだろう。

「いくら手術痕が残らないといっても、がんの再発が増えるのであれば本末転倒で、意味のない手術になります。まだ全国的な調査はないのですが、私が施術した約100例で再発は1例もありません」

それにはちゃんとした理由がある。内視鏡手術には先述のようなメリットがあるが、反対にデメリットもあり、その限界を清水さんは当然ながら十分承知しており、この手術を受けられる適応条件を明確にしたのである。

がんに対する内視鏡手術の最大のデメリットは、転移の疑いのあるリンパ節をイモヅル式に切除する郭清が、通常手術に比べてやりにくいことである。

「近くのリンパ節なら容易なのですが、遠く離れたリンパ節は熟練の医師の技が必要になります」

神業を持った医師のみがこの手術を行うのであれば、恩恵を受ける患者は極少数に限定される。これに対して一定のトレーニングを積めばどの医師でも施術できるのであれば、救われる患者さんの数は飛躍的に多くなる。

そこで清水さんは、手術の適応条件を絞ることにした。それは腫瘍の大きさが1㎝以内であること。また術前の検査でリンパ節転移を疑う徴候が見て取れないことだ。甲状腺がんでこれらの適応条件に合致するがんは全体の90%を占める乳頭がんというタイプのがんで、そのうち腫瘍の大きさが1㎝未満の微小がんである。

このようにして手術適応を絞ることができたのは、乳頭微小がんにはリンパ節や血流を介して遠く離れた臓器に行きつく転移がほとんどないというデータの蓄積があったからである。さらに「最近2㎝未満のがんなら、1㎝未満の微小がんと同様に術前検査で転移を疑う所見がなく、適応に含めていいという確信が持てるようになってきました」という。

ちなみに手術時間は平均90分前後。同じ腫瘍条件であれば通常手術よりやや時間を要するが、出血量は少ない。入院日数も若干短く、長くても4泊5日である。

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