「がんの治療を終えてからの人生をどう充実させるか」を重視する

がん体験者が充実した生活を送れるよう「がんサバイバーシップ」普及に情熱を傾ける

取材・文●黒木 要
撮影●「がんサポート」編集部
発行:2015年8月
更新:2015年11月

  

山内英子 
聖路加国際病院ブレストセンター長/乳腺外科部長

聖路加国際病院ブレストセンター長/乳腺外科部長の山内英子さん

がんは「不治の病」のイメージが強いが、治療法などの進歩により、治療後もケアをしながらずっと付き合っていく「慢性疾患」と捉えるべきケースが増えている。若い患者さんや早期発見の多い乳がんはとくにその要素が強い。このようなケースを嚆矢として「がんの治療を終えてからの人生をどう充実させるか」を重視する〝がんサバイバーシップ〟という闘病の仕方が注目されるようになってきた。聖路加国際病院ブレストセンター長の山内英子さんはその国内での普及の先頭を切っている。

やまうち ひでこ 1987年順天堂大学医学部卒業、聖路加国際病院外科研修を経て、94年に渡米。米ハーバード大学、ジョージタウン大学のがん研究所で研究員を務め、米国の医師資格を取得。その後、ハワイ大学、南フロリダ大学で臨床経験を積む。2009年聖路加国際病院に戻り、乳腺外科医長を務めた後、乳腺外科部長、2010年にブレストセンター長に就任

がんと向き合い、がんと共に生きていく患者さんをサポート

「がんサバイバーシップ」は1980年代にアメリカで生まれた考え方だ。がんになった人(経験した人)が、生活をしていく上で直面する様々な課題を、家族や医療関係者、他のがん経験者と共に乗り越えていくための考え方およびサポートをいう。

がんが見つかってから患者さんには次々と問題が起こってくる。これらの問題は大きく次の4つに分けることができる。

・治療後の副作用、身体の変化や喪失感などの身体的な問題
・再発の恐怖などの精神的な問題
・職や財産を失うなどの社会的な問題
・死生観や自身の存在意義を揺さぶられるなどのスピリチュアルな問題
――である。

がんを治すことに主眼を置いていた時代にはこれらの問題に対し、医療や社会は目を向ける余裕がなく、二の次、三の次で、患者や家族だけの問題として放置しておくことがほとんどだった。しかし患者さんや家族だけで立ち向かっていくには、過酷かつ困難な場合が多い。そういったケースに対して、患者さんが望む暮らし方・闘病の仕方を聞き出し、可能な限りその人に合わせたサポートをして、前向きに生きていけるようにしようというのが「がんサバイバーシップ」だ。

とは言っても「がんサバイバーシップ」は医療や社会から一方的に患者さんに提供するものではない。

「むしろ患者さんが主体的にがんと立ち向かっていく姿勢と態勢を、患者さんと周囲が一緒になって築いていく。その折々に必要があればサポートをしていくといったほうが正しいと思います」(山内さん)

2人に1人ががんになり、3人に1人ががんで亡くなる時代の、新しいがん闘病の社会的な互助・共助スタイルと言ってよいかもしれない。この考え方やサポートの仕方が広まっていくためには、医療やケアの仕組みの一環としてその提供体制を築いていくことが不可欠だ。

「患者さん(がん経験者)それぞれに合ったスタイルが存在し、選択肢の1つとして選ぶことができる、ということを知らせていくことが大事です」(山内さん)

患者さんが大事に思っていることを引き出すことが、より良い医療につながる

1994年から15年間、アメリカで医学留学をした山内さんは、「がんサバイバーシップ」が実践される現場および具体的なケースをたくさん見てきた。自身も医療者としてその輪に加わってきた。そして2009年に帰国、現在の職場で、患者さんのために真っ先に取り組んだのが「がんサバイバーシップ」の導入である。

日常の診療で、それはどのように実践されているのだろう?

手法の1つとして、ナラティブ(物語)に基づいた医療がある。以前の医療は個々の医師や医局の経験を重要視してきた。現代はEBM(エビデンス・ベースト・メディシン)といって医学的・科学的証拠に基づく医療が重要視されている。乳がんにおいて1990年代頃から乳房温存療法が急速に普及し始めたのがよい例だ。これは早期乳がんでは乳房を温存しても生存率は変わらないという事実が、膨大な症例の検討から明らかになったことが寄与している。その後、薬物療法の発達によって一層治療の選択肢は増えた。

このような医学的なデータを個々の患者さんに当てはめて選択肢を考えるとき、患者さん任せにしてしまうのではなく、「目の前の患者さんはどのような人生を歩いてきたか、何を一番大事に思って生きてきたか、今一番大事にしているのは何か、などを医療者が忖度し、患者さんと一緒に整理しながら治療を決めていく方法が見直されるべきです」(山内さん)

「小さな子供を持ったお母さんは、一緒にお風呂に入るとき、子供が胸部を見てびっくりすることを好まないかもしれない。また子育てを終え、会社で要職についている女性は、手術後の放射線治療や薬物療法などにおいて、できるだけ仕事に影響の出ない治療法を工夫する必要があるかもしれない。そうやって医療者が患者さんの物語を共有することで、その人に合った、その人らしさを損なわない医療ができる可能性が大きく膨らむのではないかと思います」

米国外科レジデントとして米ハワイ大学での手術光景。左が山内さん

アメリカで乳がん診療を教わった恩師、コックス先生と

患者と医療スタッフの交流の場を設ける

そうはいっても患者さんが殺到する診療室で、全部の患者さんにこれを行うことは時間的に不可能である。また、たとえ聞かれたとしても自分の物語を話すのが苦手な患者さんもいる。少しでも患者さんの思いを汲み取れるようにと、聖路加国際病院ブレストセンターでは、診察室を抜け出して、患者さんと医療スタッフが交流する「スマイルパーティー」を開いている。スタッフの素顔を紹介したり、みんなで歌ったりする……。

聖路加国際病院ブレストセンター内に設置されている「スマイルサロン」。ここでは、ピアサポーターが質問に答えたり、実際に術後の下着やヘアケア用品に触れてみたりできる(山内さん提供)

「私たち医療者が診察室で見ることのできる患者さんの顔は、人生の悲しい出来事を抱えて苦悩している顔で、その人のごく一部しか反映していない、と思うのです。もっとその人らしさを知る機会があれば、今以上にその方に合った医療を提案・提供できるかもしれない、そんな思いから企画したパーティです」(山内さん)

「がんサバイバーシップ」が有効なのは早期の患者さんのみではない。末期と告げられたMさんが、ある日、はかなげな笑みを浮かべつつ、「○○園のほうじ茶かき氷が食べたい」と言うのを聞いて、山内さんらは奔走した。

だが5月末のことでかき氷など当該の店には出ていなかった。諦めきれず、店と交渉したところ、店の方も共感し、なんと翌日に電話があり、「どうにか氷が調達できたので、これから氷と器具を持って病院に参ります」との由で、午後、店の車が病院の駐車場に入り、氷と器具が病室に運び込まれた。そしてMさんは至福の笑みを浮かべつつ、おいしそうにかき氷を食べたのだそうだ。「がんサバイバーシップ」の考え方は、治療後に生存できる期間の長短、がんの病期にかかわらず、患者さんの余生を充実させる可能性がある、と山内さんは強調する。

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