凄腕の医療人 中面哲也

キラーT細胞リンパ球活性化でがんを撃つペプチドワクチン療法の旗手

取材・文●祢津加奈子 医療ジャーナリスト
発行:2013年3月
更新:2013年6月

  

中面哲也 なかつら てつや

国立がん研究センター東病院臨床開発センター免疫療法開発分野長

1967年鹿児島県生まれ。1992年、熊本大学医学部を卒業後、同大学第二外科、三井大牟田病院外科を経て1994年、国立がん研究センター東病院(当時)肝胆膵外科レジデント。1997年、熊本大学大学院医学研究科免疫識別学講座にて研究を開始。2001年、東京大学医科学研究所との共同研究で、肝がん特異抗原であるGPC3(グリピカン3)を発見。2005年より室長として現病院にて勤務・研究を行う。2012年より現職

免疫の力を活性化する「がんワクチン療法」は、体にやさしい治療法として期待が大きい。その先端で、ペプチドワクチンの研究・開発を行っているのが国立がん研究センター東病院臨床開発センター免疫療法開発分野長の中面哲也さんだ。

ワクチン療法は副作用が少ない

腋の下にワクチンを打つのは、リンパ節が近いのとシコリが目立たないからだ

がんワクチン療法は、体が本来持っている免疫の力を活性化してがんを攻撃しようという治療法だ。副作用が少ないのが最大の利点とされる。

自分のがん細胞を使って免疫を活性化する方法や、がんを攻撃するキラーT細胞というリンパ球を増やす方法など、いくつかの方法があるが、中面さんが研究しているのは、ペプチドというアミノ酸の化合物を使ってキラーT細胞を活性化する方法だ。

この日、中面さんの外来には臨床試験に参加している3人の患者さんが訪れた。3人とも、肝がん手術の体験者だ。

Aさんは、慢性肝炎から肝がんが発症した。手術後に臨床試験に参加し、すでに規定の10回のワクチン投与は終了している。中面さんに「順調ですよ、再発はありません」と告げられ、ホッとした様子だ。肝がんは1年で4割が再発する。その1年を無事にくぐり抜けたのだ。

右側の白いふくらみが本日注射をしたところ。ワクチン液を注入すると、皮膚がプクンとふくれあがる

Bさんの場合は、手術でC型肝炎に感染した。免疫系に働きかけて肝炎ウイルスを破壊するインターフェロン治療を受けたが、昨年肝臓にがんが見つかり、手術を受けた。「兄が同じ病気で亡くなっているので、ワクチンの話を聞いたときにはやってみるしかないと思った」と臨床試験に参加した思いを話した。

手術からまもなく1年。今日が10回目のワクチン投与となる。ベッドに仰向けになり、腕を頭の上に上げて両腋の下にワクチン注射を打つ。針を皮膚に刺して白いワクチン液を注入すると、プクンとふくれあがる。「痛てて……」とBさんは少し顔をゆがめた。

70代後半のC子さんは、偶然肝がんが見つかった。かなり大きかったが、10回のワクチン接種が終了して、再発は認められていない。「臨床試験に参加するには年齢もぎりぎり。血液が合うかどうかも心配だったのですが、副作用がないのが1番うれしかった」と安堵の表情を浮かべた。C子さんがいう血液はHLAという白血球の型のことだ。この型が適合しないと、ペプチドワクチン療法の対象にはならないのだ。

「注射のときは痛いけど、あとはシコリになるだけで何の症状もない」というのが、この日診察を受けた3人の共通した意見だった。

がん抗原ペプチドを発見


ペプチドはマイナス80度で保存されている

中面さんが、がん治療に取り組むようになったのは、草創期のがん治療に挑んだ医師たちの姿を描いた『がん回廊の朝』(柳田邦男著)がきっかけだった。

そして、母校の熊本大学外科の教授に指示されたのが免疫の研究。とくに免疫に興味があったわけではないというが、当時は、悪性黒色腫を皮切りにがん抗原が見つかり始めた時代。抗原とは、細胞に発現する目印のようなものだ。がん細胞にだけ現れる目印、つまりがん特異的抗原が見つかり、免疫治療に応用する研究が始まったのである。「勉強を始めると、面白くて」と、たちまち没頭した。

その研究の中、中面さんはGPC3(グリピカン3)という肝細胞がんに特異的ながん抗原ペプチドを発見した。これをどのように治療に結びつけるのか。

がん細胞は、異常な細胞なので、本来は異物として免疫細胞によって排除されるべきものだ。攻撃の中心になるのがキラーT細胞(細胞傷害性T細胞=CTL)と呼ばれるリンパ球だが、がんは、こうした免疫の監視機構を逃れて成長する。そこで、免疫の力を底上げして再びがんを攻撃させようというのがワクチン療法となる。中面さんたちは、この底上げにペプチドを使おうとしているのだ。

その仕組みを簡単に説明する。ペプチドは、細胞がタンパク質を分解したもので、8~10個のアミノ酸からなる。がん細胞が持つペプチドが細胞のHLA(ヒト白血球抗原)とセットで細胞表面に提示されると、これがキラーT細胞が攻撃する目印(抗原)になるのだ。

それならば、がん細胞だけに現れるペプチドを見つけて投与すれば、キラーT細胞が活性化されてどんどん増殖し、同じペプチドとHLAの組み合わせを持つがん細胞を標的に攻撃するはずだ。これが、ペプチドワクチン療法の考え方なのである。

進行がんでも9割で、反応するキラーT細胞増加

ところで、GPC3がセットを組むHLAにもいろいろな型がある。中面さんたちは、日本人の6割が持つA24と4割が持つA2という型のHLAに的をしぼった。この型のHLAと結びつくGPC3由来のペプチドをワクチンにした。

中面さんによると「日本人の85%がどちらかのHLAを持つので、ほとんどの患者さんにこのワクチンを利用できる」という。C子さんが心配していた血液の型とはこのことだ。

基礎実験の後、中面さんたちは2007年2月、患者さんを対象とした第Ⅰ相臨床試験に入った。対象は肝臓の進行がんで他に治療手段がない33名だった。

このときは、2週に1回ずつ計3回、量の異なるペプチドワクチンを投与して2カ月間観察した。安全性の確認が1番の目的だったが、同時に「ワクチンによってキラーT細胞を誘導できるか、誘導したキラーT細胞が実際に同じ抗原をもつがん細胞を攻撃するのか、確認することが重要でした」と中面さんは振り返る。

「進行がんでも9割の人でペプチドに反応するキラーT細胞が増えました。多い人は、リンパ球50万個のうち440個ほどがペプチドに反応するキラーT細胞でした。つまり、キラーT細胞が5万個として、その1%ぐらいがペプチドに反応するものになったという結果だったのです」と中面さん。全身には1兆個のリンパ球があるから、単純に換算すればワクチン投与で10億個のペプチドに反応するキラーT細胞が誘導される計算だ。

では、増えたキラーT細胞は、本当にがん細胞を攻撃するのか。確かめるために、中面さんは患者さん7人にワクチン投与後のがん組織を採取する生検をお願いした。うち5例でキラーT細胞ががん組織内に増えていた。少なくとも誘導されたキラーT細胞が、がんを攻撃すべくがんの中に入り込んでいることが証明されたのである。

そして、ペプチドに反応するキラーT細胞がリンパ球50万個につき50個以上出現した人は、それ以下の人に比べて4カ月も生存期間が長いことも判明した。キラーT細胞がたくさん誘導されるほど効果も高いと考えられた。

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