緩和ケアの基礎知識 言葉の意味を正しく理解する
緩和ケアとは患者・家族のつらさを和らげ、より豊かな人生を送れるように支えること
緩和ケアに関してはいまだに誤解が多く、がんの終末期のケアと考えられがちだという。体や心の苦痛を取り除き、より豊かな人生を送れるように、患者さんやその家族を支えていくのが緩和ケアである。正しく理解してもらうための基礎知識をまとめてみた。
終末期のケアから症状を緩和するケアへ
緩和ケアとは何かを理解するためには、言葉を整理しておく必要がある。「緩和ケア」に類似する言葉として、「ターミナルケア」「ホスピスケア」「サポーティブケア(支持療法)」「エンドオブライフケア」などがあるが、どう違うのだろうか。聖路加国際病院緩和ケア科部長の林 章敏さんは、次のように説明してくれた。
「歴史を振り返ってみると、初めにあったのは、中世ヨーロッパで始まったホスピスです。修道院の人たちが、十字軍の遠征で傷ついた兵士や、巡礼の旅の途中で病に倒れた人たちを迎え入れ、せめて雨風を防げる場所で最後を迎えさせようとしたのが始まりです。ただ、当時のホスピスで提供されたのは、医療ではありませんでした」
●ターミナルケア
「終末期ケアに医療が関わるようになったのは1950年代からで、このときにターミナルケアという言葉が生まれました。医療が関わることで、終末期を穏やかに過ごせるようにしようという取り組みでした」
●ホスピスケア
「1960年代から、ホスピスケアという言葉が使われるようになりました。ホスピスの中に医療が入ってきて、痛みを緩和するためにモルヒネを使い始めました。また、チーム医療が必要とされ、医師、看護師だけでなく、臨床心理士、ソーシャルワーカーなどもチームに加わるようになりました」
●緩和ケア
「緩和ケアは1970年代から使われるようになった言葉です。症状緩和が重視されることで、終末期だけのケアではなく、もっと早い時期の患者さんにも提供できるケアになっていきました」
●サポーティブケア(支持療法)
「がんの治療によって起こる副作用に対するケアです。副作用に対処することで、治療を継続していけるようにします」
●エンドオブライフケア
「がんだけでなく、認知症や神経筋疾患など、他の病気も含めた終末期のケア全般を指します。死が差し迫っていない段階で、人生の最後をどう過ごすかを話し合うことから始めるのが特徴です」
このように様々な言葉が生まれてきたが、共通するのは、患者さんのつらさや苦しみを和らげて、よりよい人生を送れるようにサポートしたい、という思いである。医学の進歩によってできることが増え、それに伴って、前にあげたような言葉が使われてきたと言えそうだ。
緩和ケアは体や心の様々なつらさを和らげる
緩和ケアについては、WHO(世界保健機関)が次のように定義している。
「緩和ケアとは、生命を脅かす疾患による問題に直面している患者とその家族に対して、痛みやその他の身体的問題、心理社会的問題、スピリチュアルな問題を早期に発見し、的確なアセスメントと対処(治療・処置)を行うことによって、苦しみを予防し、和らげることで、QOL(生活の質)を改善するアプローチである」(図1)
この定義が発表されたのは2002年だが、それ以前に、ホスピスケアから緩和ケアへという流れは始まっていたという。
「私はホスピスで働いていたのですが、終末期を迎え、ホスピスにやってきた患者さんは、ほっとしたいい表情になります。痛みが和らぎ、家族と過ごす場を持つことができ、落ち着いた空間にいることで、そうなるのです。その表情を見ていて、ホスピスで待っていていいのだろうか、という思いが湧いてきました。
ホスピスに来る前の患者さんは、がんの治療を受けながら、つらく苦しい状態に置かれています。その段階から苦痛を取り除くことができれば、もっと治療にも取り組めるし、よりよい生活を送れるはずだと思えたのです。ホスピスで待つだけでなく、苦痛を取り除くために、患者さんの所に出ていかなければ、と考えるようになりました。そういった時期に、WHOによって、緩和ケアとは患者さんの苦痛を早期に発見して対処するものであると定義されたのです」
(日本緩和医療学会作成)
WHOの定義はややわかりにくいが、日本緩和医療学会は、「市民に向けた緩和ケアの説明文」として、緩和ケアを次のような簡潔な説明文にまとめている。
「緩和ケアとは、重い病を抱える患者やその家族一人ひとりの身体や心などの様々なつらさを和らげ、より豊かな人生を送ることができるように支えていくケア」
WHOの定義を下敷きにして、緩和ケアとは何かが、誰にでもわかる言葉で説明されている。
治療と緩和ケアを並行して進める「パラレルケア」
緩和ケアは、がんの治療の様々な場面で必要になってくる。
「緩和ケアが必要となるのは終末期に限りません。がんと診断がついたとき、すでに進行している患者さんの中には、精神的な落ち込みから緩和ケアを必要とする場合もあります。治療を進めていく段階で、副作用が出たときのケアもありますし、再発したときのつらさに対処することもあります。がんの症状である痛みや息苦しさなどが強くなれば、それを改善するためのケアを行います。もちろん、終末期のケアも重要な仕事です」
このように、がん治療の初期から終末期まで、必要に応じて緩和ケアが提供されることになる。
「ホスピスケアの時代は、まずがんの治療が行われ、それ以上治療を続けても意味がなくなった時点で、患者さんはホスピスに入ってきました。しかし、現在は、緩和ケアが必要な患者さんには、時期とは関係なくいつからでも関わっていきます。がんの治療はがんの治療として行い、緩和ケアは緩和ケアとして行うのです。私はこれをパラレルケアと呼んでいます。二者択一的に考えるのではなく、並行して進めていけばいいのです」
適切な緩和ケアを受けるために必要なこと
がんの患者さんのすべてが、緩和ケアを必要とするとは限らない。しかし、それを必要とする患者さんには、的確に緩和ケアが提供されて欲しいものだ。
「患者さんが痛みなどの苦痛について、正直に話してくれることが大事です。日本人には我慢が美徳という考えが根強くあり、患者さんの苦痛が医療者に正確に伝わっていない場合が多いのです。痛いときに『痛い』と言って欲しいし、怖ければ『怖い』と言って欲しい。言っていただければ、それに対処することができます」
現在、緩和ケアを提供する形としては、入院でケアを受けられる「緩和ケア病棟」、外来でケアを受けられる「緩和ケア外来」、入院患者のもとに医療者が出向いてケアを行う「緩和ケアチーム」がある。また、在宅療養で緩和ケアを受ける態勢も整ってきているという。
「緩和ケアの専門医も、緩和ケアチームや緩和ケア病棟を持つ病院も、まだ十分とは言えませんが、増えてきています。多くの患者さんやご家族に、緩和ケアは終末期のケアだけではないということを知って欲しいですね。がんの治療を受けている段階から、その人が生活しやすいようにサポートしていくのが緩和ケアです」
緩和ケアは進歩し、がんによる苦痛や、がん治療に伴う苦痛を、かなりコントロールできるようになっているという。それが十分に活用されるためにも、正確な知識が広まる必要があるようだ。
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