終末期の栄養 「悪液質」の進み具合と食事の関係
がん終末期は時期に適した栄養管理が必要
がん患者さんにとって食事はQOL(生活の質)を左右する重要なもの。がんが進行すると、がん特有の代謝異常によって「悪液質」になり、著しい体重減少が起こると言われている。「悪液質」とはどんな病態か、終末(ターミナル)期はどのように栄養をとればいいのか、食事のサポートのしかたも含めて専門医に伺った。
がん特有の代謝異常により やせを主体とする悪液質が進行
がん治療における終末期とは、そもそもどのような時期をいうのだろうか。終末期の栄養について詳しい神奈川県立がんセンター消化器外科部長の吉川貴己さんは次のように説明する。
「手術や抗がん薬、放射線など、がんの積極的な治療(治療的介入)をしなくなった時期を終末期と考えています。平均的な期間は、がん種によっても異なり、胃がんであれば抗がん薬治療が可能な期間が長くなってきたため、平均すると2カ月くらいではないかと思います。乳がん、肺がん、頭頸部のがんなどは、もっと長いと考えられます」
終末期の患者さんは、食欲が落ち、やせてくる。がんの進行によって代謝異常が起こり、摂取した栄養が血となり肉となるそれまでの時期とは異なる代謝のサイクルに入っていくからだという。
「がんが大きくなるに連れて、栄養ががんの増殖に使われるようになり、その結果、著しい〝るいそう(やせ)〟を主体とした〝悪液質〟が進行していきます。悪液質とは、体重減少や筋肉の萎縮、筋力の低下、倦怠感、貧血、低アルブミン血症といった症状が進んでいく不可逆的な(後戻りできない)病態を言います。終末期の栄養サポートは、がん特有の代謝異常と、それによって引き起こされる悪液質の進み具合に応じて行う必要があります」(図1)
がんは糖を取り込むグルコース・イーター
がんの進行によって、なぜ悪液質になっていくのか。その基本は、糖の代謝異常にあるという。
「がんは糖を勝手に取り込むグルコース・イーター(糖を食べる細胞)です。通常、私たちの体では、グルコース(糖)が主要なエネルギー源であり、とくに脳と赤血球はいつでもグルコースを取り込めるようになっています。
一方、筋肉や脂肪組織では、食事をした後に放出されるインスリンの作用で、細胞表面にグルコース輸送タンパクが出て、初めてグルコースを取り込めるようになります。普段は、脳や赤血球を守るために、骨格筋や脂肪組織の細胞はグルコースを取り込まずに我慢しているわけです。
ところががんがあると、脳がもう1つあるようなもので、がん細胞がグルコースをどんどん取り込んでしまうため、体内のグルコースが不足してしまいます。不足したグルコースを補うために、体の筋肉や脂肪が分解され、脳や赤血球だけでなく、がんにもエネルギーを与える異常な代謝のサイクルができ上がります。がんが大きくなるほど代謝異常が進み、筋肉も脂肪も減少し、やせ衰えて体力も消耗してしまうのです」
がんは自らの増殖のために栄養を搾取し、筋肉や脂肪を食いつぶし、やせを招くのだ。
がんによる炎症も悪液質を進行させる
がん悪液質は、前述の代謝異常がベースとなって起こるが、このほかにも悪液質に拍車をかける要因があるという。その1つは、がん組織の周囲に起こる「炎症反応」だ。炎症反応の有無は、血液検査項目の中のCRP(C反応性タンパク)で判断できる。
「がん組織の周囲に炎症反応が起こっている場合は、さらに代謝が亢進して基礎代謝量が上がり、カロリーがどんどん消費されてやせていきます。炎症反応を起こすのは腫瘍組織に集まっているマクロファージなどが分泌するTNF-α、IL-1、IL-6などのサイトカインやペプチドです。これらは直接、体タンパクや脂肪組織を崩壊させ、インスリン抵抗性を増し、食欲低下にも関係していると考えられます」(図2)
炎症反応がない場合でも、食欲不振で食べられなくなるケースもある。胃がんなら、胃の切除や抗がん薬の副作用などの様々な原因で食欲不振が起こる。この場合、基礎代謝量は上がらないが、食べられないことによる栄養不足でさらにやせていく。
「終末期に入る前から、がんによる代謝異常に炎症反応や食欲不振が加わって、悪液質が加速度的に進行し、深刻な終末期に移行していくのです」(図3)
cachexia: an international consensus Lancet Oncol.12(5):489-95,2011
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