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患者の孤独感や不安にも配慮して適切な対処を

オピオイドを鎮痛以外の目的で使ってしまう「ケミカルコーピング」

監修●谷口彩乃 京都府立医科大学疼痛・緩和医療学教室
取材・文●植田博美
(2017年11月)

  
「ケミカルコーピングは依存に繋がるからダメ!と頭ごなしに否定するのでなく、そこに至る患者さんの孤独や不安、コーピング能力が低い要因に視点を向けることが大切だと思います」と話す
谷口彩乃さん

「ケミカルコーピング」という言葉をご存じだろうか。この場合ケミカルは「薬物」、「コーピング」は「対処法」を指し、詰まるところ「薬物による対処法」という意味になる。がん疼痛の緩和を目的に処方されるオピオイド鎮痛薬(医療用麻薬)を、患者が不安や不眠といった精神的苦痛を解消するために使用することを言い、乱用や依存の前段階と考えられている。

1995年にアメリカのE.Bruera教授らが初めて提唱した比較的新しい概念で、まだ国際的な定義はない。国内の医療者の間でも十分に認知が広まっていないのが現状だという。ケミカルコーピングに詳しい京都府立医科大学疼痛・緩和医療学教室の谷口彩乃さんに話を伺った。

ケミカルコーピングはなぜいけないのか

図1 「WHO方式がん疼痛治療法」三段階除痛ラダー

がん疼痛に対する鎮痛薬は、三段階除痛ラダーと呼ばれる「WHO方式がん疼痛治療法」(図1)に沿って選択される。

具体的には、第一段階/軽度の痛み:非オピオイド鎮痛薬(NSAIDs)、第二段階/軽度~中等度の痛み:非オピオイド鎮痛薬+弱オピオイド鎮痛薬、第三段階/中等度~強度の痛み:非オピオイド鎮痛薬+強オピオイド鎮痛薬、である。

オピオイド鎮痛薬とはオキシコドン、モルヒネ等の医療用麻薬である。法律で医療用に使用が許可されている麻薬で、がんによる痛みを抑制する薬として使われる。患者には1日1~2回服用する定時薬(徐放性製剤:効果が長時間持続する薬剤)と、頓服として痛みの強いときだけ服用するレスキュー薬(速放性製剤:速効性の薬剤)がセットで処方される(図2)。

図2 がん疼痛に対する鎮痛薬の処方

このうち段々とレスキュー薬の回数が増えていき、定時薬の1回の量を増やしてもレスキュー薬の回数が減らないとき、ケミカルコーピングを疑うことになる。

「オピオイド鎮痛薬には強い鎮痛作用のほか、不安を抑える、幸福感を得られるといった作用があります。このため、痛みではなく精神的な苦痛の緩和や安眠を目的に使用する患者さんがおられるのです」と谷口さんは述べる。

不安を解消するためにオピオイド鎮痛薬を使うことが、なぜいけないのか。

『依存』に移行する恐れが

「ケミカルコーピングが始まると『依存』に移行してしまう恐れがあるからです。これがないと生きていけないと薬を渇望するようになり、離脱症状が表れ、社会生活が送れなくなってしまいます。せっかくがんの治療がうまくいっても、これでは何の意味もありません。そうなる前に対処が必要です」(谷口)

強オピオイド鎮痛薬は基本的にがんの痛みのみにしか使えない。例外として「非がん性慢性疼痛に対するオピオイド処方ガイドライン」があり、ここに「非がん性慢性疼痛にはレスキュー薬を出してはいけない」と明記されている。

我が国で承認されている強オピオイド鎮痛薬とレスキュー薬を(表3)に示す。レスキュー薬として承認されている薬剤の特徴として速効性が挙げられる。

谷口さんはこれまでに、ケミカルコーピングが疑われる症例をいくつか経験しているが、それらの症例の紹介と対処法を教示してもらった。

【症例1 Aさん(男性)68歳】

骨盤内に巨大腫瘍を伴う悪性リンパ腫の診断。治療のため自宅から遠く離れた大学病院に入院した。発症当時から左腰下肢痛があり、疼痛・緩和医療科を受診、がん疼痛としてオキシコドン製剤の処方を受けた。化学療法の効果があり骨盤内の腫瘍は消失したが、左足のしびれと痛みが残った。このころAさんは病気に対する不安や化学療法の副作用の辛さを訴えていた。

医療者の勧めもあってレスキュー薬(オキシコドン速放製剤)の服用が1日5回に増加。オキシコドン除放薬を増量してもレスキューの要求は変わらず、「レスキュー薬を服用すると気分がスッとして落ち着くから、もらっておきたい」という発言があり、不安や孤独感に対処するためにレスキュー薬を使用するケミカルコーピングと判断。

また、腫瘍消失後の痛みは仙骨神経叢が腫瘍によって障害されたことによる神経障害性疼痛と診断した。痛みは慢性化すると判断し、「非がん性慢性疼痛に対するオピオイド鎮痛薬処方ガイドライン」に則って治療を行った。

医療者には、Aさんの痛みはがん疼痛ではないので「WHO方式がん疼痛治療法」に基づいたレスキューとしてのオピオイド鎮痛薬速放製剤の使用は推奨されないことを指導。Aさんにはレスキュー薬は痛みに対してだけ使用することを伝え、さらに鎮痛補助薬としてアミトリプチリン(鎮痛作用のある抗うつ薬)を併用すると、レスキュー薬の使用はなくなった。

徐々に左足の痛みは緩和され、発症から2年後、オピオイド鎮痛薬を含むすべての鎮痛薬の内服を終了することができた。

【症例2 Bさん(女性)56歳】

子宮がんの診断で子宮全摘手術とリンパ節郭清術を受けた。1年後、骨盤内リンパ節に再発。この頃から臀部に痛みを感じていたため、疼痛・緩和医療科を受診した。がん疼痛としてオキシコドン製剤の処方を受けたところ、臀部の痛みはほとんどなくなった。しかし、レスキュー薬を内服すると気持ちが楽になる感覚を診察時に述べていた。

またBさんは、再発したことで家族に迷惑をかけているのではないかと心配し、そのために病状や悩みを家族に相談できないこと、今後の不安などを訴えていた。医療者はこのまま放置するとケミカルコーピングに至る可能性を懸念し、レスキュー薬は痛みに対してだけ使用することを伝え、支援的にBさんの気持ちを傾聴した。

リンパ節再発に対して、放射線治療が行われたことでがん疼痛は緩和され、またBさんは自分の病気について少しずつ家族と話す時間を持つことができるようになり、レスキュー薬を必要とすることはなくなった。

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