痛みをなくすレポート(3)痛み治療で免疫力が高まる
いけがき じゅんいち 1956年生まれ。1982年、群馬大学医学部を卒業し、神戸大学医学部麻酔科に入局。1995年より兵庫県立成人病センター麻酔科に勤務。現在、麻酔科部長、緩和医療科構成員。がん性疼痛の他、帯状疱疹や三叉神経などの疼痛治療を行っている。医学博士。日本麻酔学会麻酔指導医。日本ペインクリニック学会認定医。日本緩和医療学会ガイドライン作成委員。国際疼痛学会会員。 |
麻酔科部長の
池垣淳一さん
もう痛み止めが効かない!
2年前、康平さん(仮名・50歳)はみぞおちの辺りに痛みを感じ、近所の診療所を受診した。
その結果、「胃がん」とわかり、兵庫県立成人病センターで手術に臨んだ。開腹してみると、すい臓への浸潤があり、根治的な手術ができない状態だった。そこでバイパス手術が行われ、1カ月後、最初の抗がん剤治療が行われた。 いったん退院し、3カ月後、2回目の抗がん剤治療を受けるため、康平さんは再入院した。このとき、腹と背中に痛みがあった(*1)。
「痛み」は、もともと本人にしかわからないものだ。が、疼痛治療をするためには、スタッフが痛みの程度を客観的につかむ必要がある。そのため、同病院では、「痛みの物差し」として、VAS(Visual Analog Scale)という方法を取り入れている。これは縦0.6センチ、横10センチメートルの細長い帯を示し、両端を「痛みがない状態(0センチ)」「最悪の痛み(10センチ)」としたときに、今の自分の痛みの位置を指し示してもらう、という方法だ。
康平さんの再入院時、この方法で「痛み」はVAS6センチだった。非オピオイドのロキソニン(一般名ロキソプロフェンナトリウム)をのんでも、効果は4時間ほどしか続かない。若い主治医は「医療用麻薬が必要だ」と判断した。
世界保健機関(WHO)が提唱している「がん疼痛治療法(3段階除痛ラダー法)」(*2)に従って、主治医は医療用麻薬・オキシコンチン錠(一般名塩酸オキシコドン徐放剤)(*3)を使うことを康平さんに提案した。
●オピオイド使用の時期は痛みの強さによる
●非オピオイドは必ず使う
痛みをとれば抗がん剤治療も効果が上がる
主治医から「医療用麻薬」(*4)の服用を提案された康平さんは、ぎょっとした表情を浮かべ、ためらいがちにこう言った。
「麻薬ですか……。今ぐらいの痛みなら我慢します。抗がん剤治療が効いてくれば、そのうち痛みも消えていくんでしょう?」
痛みを我慢する患者は多い。先輩の医師から聞いた通りだと思いながら、主治医はこう説明した。
「痛みを取ることで、抗がん剤の効果が小さくなることはありません。むしろ痛みをとることでストレスが減り、御飯も食べられて、免疫力がアップします。体力を十分にして抗がん剤治療を受けられたほうが、よいですよ」
康平さんは「それなら」と服用を決めた。
同病院には、「オキシコンチン開始指示書」(*5)というマニュアル(クリニカルパス)がある。医療用麻薬を初めて使う患者に対して、最初の2日間、どのように薬を処方したらいいかを示したものだ。
康平さんはまず午前10時、オキシコンチン1錠(5ミリグラム)をのんだ。そのときのVASは5.5センチ。便秘予防にカマグ(一般名酸化マグネシウム)、吐き気止めにノバミン(一般名プロクロルペラジン)を併せてのんだ。
1時間後、VASは0センチになった。康平さんは痛みのない時間をゆったりと過ごす。7時間後の午後5時ごろ、またVASが5センチになったので、もう1錠のんだ。1時間経つと痛みは少し治まり(VAS2.4センチ)、服用の2時間後には完全になくなった。午後10時、朝まで痛みが抑えられるよう、康平さんは倍量の2錠をのんだ。効果は十分で、康平さんは久々にぐっすりと朝まで熟睡できたのだった。
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