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西洋医学の限界をカバーし、症状を緩和する
国立がんセンター緩和ケア科の鍼灸治療

取材・文:松田博公 鍼灸ジャーナリスト
発行:2005年7月
更新:2013年4月

  

灸頭鍼 撮影:萩原達也
灸頭鍼
(撮影:萩原達也)

ドアを開けると、そこは街の鍼灸院のどこででも見受けるような簡素な空間だった。白いシーツに覆われた2つのベッド。その間に置かれたステンレスの移動台には、鍼とモグサと火を付けるライター、灰皿、消毒用の綿などが乗っている。数億円もすることがある現代医学の器械に比べて、なんというささやかさだろう。だが、この小さな道具が、高価な薬も及ばない大きな結果をもたらすことがある。

「助かりましたよ。鍼をしてもらうようになってから、手術の痕の痛みが雲泥の差なんです。挙がらなくなった右腕も、挙がるようになった。これも鍼のお陰です」

ベッドの上で、鍼灸師、鈴木春子さんの治療を、心地よさそうに受けていた東京・大森に住む61歳のSさんが、リラックスした表情で話してくれた。背中から右の脇腹へと斜めに手術痕があり、肺がん手術を受けた患者だと分かる。

「1度も鍼の体験がなかったから、初めはこわごわでした。どんな太い鍼を刺されるのかと思って。お灸は、子どものころ、悪さをしたお仕置きに足の裏に大きなのをされて熱かったし、こちらも怖い。でも、鍼灸を受けて120パーセントよかったですね。薬だけに頼っていたときと、痛みが全然違ってきたんです」

Sさんは、2001年11月に手術。2カ月後に退院したが痛みがとれず、モルヒネを処方されていた。翌年、主治医経由で同センター麻酔・緩和科推進対策室長の下山直人さんに、鍼灸と鎮痛剤の併用治療を勧められ、鈴木さんの治療を、1週間か2週間に1回の割合で受けてきた。現在、苦痛がなくなったわけではないが、少しずつ軽くなり、何種類も飲んでいた鎮痛剤が1種類に減っている。

「鍼灸がなんでこんなに効くんだろうと思って、本を読んで勉強しました。やっぱり、血の流れを良くするんでしょうね」。Sさんは、勉強熱心で困難を前向きにとらえる患者のようだ。「ツボの位置が指で分かるようになったので、女房にも指圧をしていますよ」。こう話すSさんの右の肩甲骨のあたりに鍼を刺し、その柄にモグサを付けて燃やす灸頭鍼という鍼法をしながら、鈴木さんは明るい声で言う。

「さっきも、人のからだには自分自身で治る自然治癒力が宿っている、という話をSさんとしていたところなんですよ」

比較試験で鍼灸の疼痛効果を立証

鍼灸師の鈴木春子さん
鍼灸師の鈴木春子さん
Sさんに処置を施す鈴木さん
Sさんに処置を施す鈴木さん

同センターの鍼灸治療室は、入院と外来のがん患者のみを対象に、週3日、開いている。担当の鍼灸師は2人。月曜日が柳沢比佐子さん、水曜日、金曜日が鈴木さんだ。施術できる限度は1日に10数人、年間の実数は100人弱だが、オープン以来の19年間に治療した患者の総数は1000人を超えた。

19年前といえば、代替医療という名前すら存在していないころだ。大病院はどこも西洋医学一辺倒。まして、日本のがん治療の最先端を誇る国立がん研究センターで、鍼灸治療を開始するには、かなりの勇気を必要としたことだろう。パイオニア役を担ったのは、現麻酔科医長の横川陽子さんだった。

千葉大学医学部時代から漢方、鍼灸を学んでいた横川さんは、1985年5月、病院内で1つの予備試験を行った。手術後の患者に鍼灸治療をし、鍼灸の鎮痛効果を調べようとしたのだ。「患者さんの術後の痛みは激しいものですが、それを薬だけで取るには限界があるんです。そこで、薬ができないことを鍼灸で補えないかと思ったんですね」

選んだのは乳がんの患者だった。術後に回復室で鍼治療をした患者12人を鍼群、しなかった患者11人を対照群として、その後の鎮痛薬ペンタゾシンの投与量、投与回数を比較した。結果は明瞭だった。鍼をした患者さんのほうが、鎮痛薬の投与量、回数ともに有意に少なかった。鎮痛薬を欲しがった患者は、鍼群では、痛みが最もつのる術後4時間以内に2人だけだったが、対照群では、術後4時間を過ぎてもほとんどが必要とした。鍼灸治療は、乳がん術後の疼痛に効果があることが分かったのだ。


[術後鎮痛薬投与回数と投与量]
術後鎮痛薬投与回数と投与量

横川さんらが行った試験では鎮痛薬の使用回数、総投与量ともに鍼群では対照群より有意に少なかった

[術後に鎮痛薬を要求した人数の推移]
術後に鎮痛薬を要求した人数の推移

鍼群では術後4時間以降には鎮痛薬を要求した患者は2人であり、対照群ではほとんどの患者が要求した

横川さんは、さらに病棟の入院患者を相手に治療を試みた。

食道がんの術後、モルヒネを硬膜外注入し、傷の痛みはコントロールできたが、首から肩にかけてのこりと痛みが耐え難いと訴えた男性は、後頸部を中心に鍼灸をしたところ、痛みが止まった。モルヒネをやめたとたん、傷が痛み始め、腕を挙げることもベッドから起きあがることもできなくなった肺がんの女性も、鍼灸をしたら、腕が挙がり、元気を取り戻した。

「このような経験を通して、鍼灸は、がんの手術による傷の痛みを和らげるだけでなく、付随して起きる全身の苦痛にも効果があることが分かったんです」と横川さん。

鍼灸治療の評判は、病院内に広がり、依頼も次第に増えていった。

「当初は、わたし1人で細々と麻酔業務が終わる夕方以降にやっていました。消灯時間を過ぎて、ナースステーションで行うこともありました。でも、それでは追いつかなくなったんです」

1989年5月からは、外部の財団から助成を受けて、鍼灸師2人をスタッフとして雇用、週2日の診療が可能になった。そして、1999年、新病院に移った際に治療室を設け、診療日は週3日になる。このとき、治療室の所属も、麻酔科から下山さんが管轄する新設の緩和ケア科に変わり、今日に至っている。


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