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これだけは知っておきたい。在宅医療の基礎知識
緩和ケアは在宅でも受けられる

監修:蘆野吉和 福島労災病院外科部長
取材・文:半沢裕子
発行:2005年9月
更新:2013年7月

  

蘆野吉和さん
在宅がん治療の草分け的存在
福島労災病院外科部長の
蘆野吉和さん

効果がない場合でも不利益が少ない在宅抗がん剤治療

在宅がん治療には、大きく分けて二つの意味があると思います。ひとつは、入院せず、自宅で生活しながら、化学療法(抗がん剤治療)を受けるという意味。もうひとつは、がんの進行とともに表れる症状を和らげ、患者さんの自宅での日常生活を可能にするという意味。いわゆる、緩和ケアですね。

まず、抗がん剤治療ですが、進行がんや再発がんで、手術でがんが取りきれなかった場合、従来は入院して抗がん剤治療を行なうのが当たり前でした。点滴が必要ですし、強い抗がん剤を使った高用量の多剤併用療法が中心だったため、副作用も強く、表れる症状に迅速に対応する必要があったからです。

が、福島労災病院でも90年代半ばから、抗がん剤治療を外来通院で行なうようになりました。皮下埋め込み式ポートとバルーン型インフューザーポンプを使う低用量FP療法が普及したためですが、この治療法は効果が高いうえ、副作用が軽いという利点があり、外来通院でも問題なく行なえたのです。

こうした背景から、入院せずに外来で抗がん剤治療を行なうことを、「在宅抗がん剤治療」と呼び始めましたが、では、自宅で抗がん剤の投与を受ける文字通りの「在宅抗がん剤治療」は、行なわれていないのでしょうか。

答えは、「全国各地で少しずつ行なわれるようになってきている」です。

福島労災病院でも、飲める人には飲み薬(TS-1:一般名テガフール・ギメラシル・オテラシル)を飲んでいただき、もう1剤(シスプラチン:商品名ブリプラチン、ランダ。など)をインフューザー・ポンプでゆっくり流すか、時間を決めて2剤を切り替えて流すといった方法を、今日では外来通院だけでなく、在宅でも行なっています。

この方法は「効くかもしれない。でも、効かずに状態が悪くなり、入院のまま亡くなるかもしれない」というような状態にある患者さんにとっては、特に価値が高いと思います。

実際、自宅に帰ったところ、抗がん剤が効いて手術が受けられ、以後、通院治療になった方もいます。また、この療法を自宅で1年間近く続けられた方もいました。一方、効果がなくても副作用が少なく、もし状態が悪くなっても残された時間を自宅で過ごせますから、患者さんにとっての不利益はとても少ないと思うのです。

今のところ、こうした在宅抗がん剤治療は総合病院やがん治療拠点病院が中心だと思いますが、最近は在宅医療専門のクリニックを開業する腫瘍内科医師なども現れてきています。つまり、今後はますます一般化してくると思いますので、希望される方はまず、近隣の施設を当たってはいかがでしょうか。

FP療法=5-FU(一般名フルオロウラシル)とシスプラチン(商品名ブリプラチン、ランダ)との併用療法

病院で行なう緩和ケアは、在宅でもすべてできる

イラスト

在宅のがん緩和ケアがほか在宅医療と違うのは、がんの進行にともなう症状がいろいろ出てきて、それをコントロールしなければならない点です。医療依存度が高いわけです。

けれども、ぜひ知っておいていただきたいのは、「病院で受けられる緩和ケアは、在宅でもすべて受けられる」ということです。疼痛治療(痛みの緩和)も栄養補給も、腹水や胸水をとったり、導尿や酸素吸入をしたりすることも、今日では在宅で全部可能です。

なかでも今日、痛みの9割はモルヒネを積極的に使うことで緩和できます。痛みのケアで注意しなければならないのは、痛みに早めに対応すること、モルヒネの使用をためらわないこと、そして、痛みが急に強まったときに臨時で使う鎮痛薬(レスキュー薬)を常備しておくこと。つまり、患者さんは痛みや苦痛をがまんしないほうがいいのです。

そもそも、自宅にいるだけで痛みや苦しみはかなり緩和されます。考えれば当たり前で、自宅で家族に囲まれて過ごせば安心感がありますから、少し苦しくても苦しいと感じないのだと思います。

がんの進行にともなって食欲がなくなったり、食事や水分の摂取がむずかしくなったときは、皮下埋め込み式のポートを使うHPN(中心静脈栄養輸液)を行ないます。今やかなり一般的になって、開業医が在宅で行なうことも認められています。そのため、本当に多くの方が家に帰れるようになりました。

このように、緩和ケアは本当に進歩しています。治療が一段落された患者さんは安心して自宅に帰り、自分の生活に戻っていただきたいと思います。しかし残念なことに、「さあ、家にお帰りください」と話すと、「治療方法がないから追い出すのか」と怒る患者さんは、全国に今なお少なくありません。

病状を知った上で医師や医療施設を選ぶ

そこには2つの問題があります。ひとつは、告知の問題。日本では、進行がんの告知率はいまだに半分に満たないのが現状です。私はこれを基本的人権の侵害だと思います。憲法には「すべての国民は個人として尊重される」とありますが、自分の病状を知らされず、自宅に戻るという選択肢をきちんと与えられずに入院しているがん患者さんは、この権利を侵害されていると思うのです。

福島労災病院でも「患者さんが納得して自宅に戻るためには、自分の病状をある程度知っている必要がある」と考え、92年からがんの告知を徹底するようになりました。その結果、在宅を選ぶ患者さんの数は、がんの告知率と明らかに連動して増えました。

もうひとつは、在宅がん治療に関する具体的な情報に、患者さんがなかなかアクセスできないためではないかと思います。

最近は、がんを治すための治療に効果がなくなったとき、治すことを目標にしない緩和医療を積極的に行なうことができるという事実が、ようやく知られてきました。

ただ、在宅がん治療は各地域でそれぞれに模索されているため、全国的なスタンダードが今なおありませんし、地域格差やスタッフの個人格差も小さいとはいえません。そのうえ、患者さんが医療施設などを選べるだけの情報がないわけですから、不安になるのも当然かもしれません。

けれども、そうしたマイナス点をカバーする試みは、今、各地で急速に進められています。在宅がん治療を手がける開業医や訪問看護ステーションも、かつては点だったものが線になり、中には面になった地域も少なくありません。患者さんが納得の行く在宅がん治療を選択できる可能性は高くなっていると、私は思っています。


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