再現性のある手術と低侵襲「ロボサージャン手術」

自由な発想を現実に。イノベーター泌尿器外科医の挑戦

取材・文●伊波達也 医療ジャーナリスト
発行:2014年5月
更新:2015年8月

  

木原和徳 東京医科歯科大学大学院腎泌尿器外科学教授

東京医科歯科大学大学院腎泌尿器外科学教授の木原和徳さん

医師がロボットに、手術は1つの穴、頭を動かせば内視鏡も連動する――。
そんなSFのような光景が医療現場で現実化している。日夜「患者さんと社会に優しい医療」を模索し続け、生み出しているのが、東京医科歯科大学大学院腎泌尿器外科学教授の木原和徳さんだ。

きはら かずのり 昭和52年 東京医科歯科大学医学部医学科卒業。平成6年 同院泌尿器科講師。平成7~8年 米国ピッツバーグ大学医学部客員助教授。平成11年 東京医科歯科大学腎泌尿器科助教授。平成12年 同院腎泌尿器科学教授。平成17~21年・平成23~25年、日本泌尿器科学会理事。平成20年より日本ミニマム創泌尿器内視鏡外科学会理事長。平成23年 東京医科歯科大学医学部附属病院低侵襲医学研究センター長。平成26年4月より東京医科歯科大学医学部附属病院院長

SF映画さながらの手術

視界の脇から電気メスなどが現れ、脂肪や組織を削ったりはがしたりしていくと、目の前でしぶきが飛び散り目を背けそうになる臨場感。医療チームがミクロ化して患者さんの体内に入り治療にあたる、60年代のSF映画『ミクロの決死圏』の世界に入り込んだようだ。そんな手術を実現したのが「ロボサージャン手術」だ。

術者が「ヘッドマウントディスプレイ」という両眼レンズ付きヘルメットを装着した状態で、術野に3D内視鏡を挿入すると、レンズに映し出された拡大3D画像により、先述したような臨場感を獲得しながら手術ができるのだ。この手術を開発したのは東京医科歯科大学腎泌尿器外科学教授の木原和徳さんだ。「まさに、体の中を至近距離まで入って見ている感覚なので、正確かつ安全な手術ができます。しかもその画像を術者全員が共有できるのが大きな利点です」

この手術を発想したきっかけは、ソニーが開発した3D映画鑑賞用の機材だった。

「高画質の3D画像の話を聞いて、手術用に使えないかと思ったのです。ソニーの担当者に言ったら、最初はびっくりしていましたが、共同開発により2013年8月に実用化できた時は本当にうれしかったです」

手術の傷は1つだけ

「ロボサージャン手術」は、木原さんが開発を進め、08年に保険適用となったミニマム創内視鏡下手術の発展型。1円玉1~2個程度の大きさの穴(ポート)を1つだけ開けて行う低侵襲手術で、ロボサージャン手術と合体し、最先端型ミニマム創内視鏡下手術(ガスレス・シングルポート・ロボサージャン手術)となった。手術現場から、この手術法のメリットを検証しよう。

患者さんは73歳の男性。前立腺の両葉に限局したがんがあり、前立腺全摘除術が実施された。術野を囲んだ医師たち全員がヘッドマウントディスプレイを着けている姿は、やはりSF映画のようだ。

手術はまず、恥骨の少し上を4.5cmほど小さく切開し、皮下脂肪組織を電気メスで切開しながら、前立腺とその周囲を覆う筋膜が露出するまで組織や脂肪の中を金属吸引管で分け入っていく。そして径約4cmのポートを作る。腹腔鏡手術のように、腹腔からのアプローチではなく、CO2ガスで加圧して腹腔内を膨らますこともなく、腹膜も切り開かない。このメリットは、肺や心臓などの合併症のある患者さん、とくに高齢者では、腹腔内の加圧による肺や心臓への負担を回避することができる。また腹膜を切開しないので、癒着による腸閉塞といった手術後の合併症も防げるのだ。

前立腺がんロボサージャン手術。術者らはヘッドマウントディスプレイのレンズ上に3D拡大画像を見て手術を行う

手術情報をリアルタイムに全員で共有

前立腺に到達した後は、前立腺周囲の背静脈群の切断が行われる。次に前立腺を膀胱から分離する。また、膀胱頸部と神経血管束を分離したり、精管や精嚢を結紮、切断したり、膀胱頸部を縫合するなど、剥離、切断、結紮、止血、縫合が繰り返される。さらに前立腺と直腸、尿道が分離される。完全に分離された前立腺を摘出し、生理食塩水で手術部の洗浄を行い、最後に尿道と膀胱を吻合する。手術部を大量の生理食塩水で効果的に洗浄することができ、予防的な抗菌薬は術前に1回内服するのみだ。ドレーンのチューブが挿入され、お腹が閉じられると5時間弱で手術は終了した。

ヘッドマウントディスプレイのヘルメットの重さは400gほどで「2Dに比べて奥行きが明確にわかるようになり手術ややりやすくなった」と医師らは話す

この流れのなかで、術者全員が術野を3D画像で見ながら処置する。同時に、経直腸超音波やMRI画像も並べて映し出すことができるため、がんや血管の位置、術野の裏側の臓器の位置などを確認できる。

「手術は術者参加者全員で確認し、状況に合わせた操作を、合意のもとに進めていくことがリスクの軽減につながるのです。そのためには同じ情報を共有していることが大切です。この手術は常に同じ画像を共有でき、しかも直接術野や手術室のなかを見ることもできます。立体視、拡大視、俯瞰視、誘導視、全員視、多画面視の6つの視覚が獲得できるのです」

器具は自らの手で操作しているため触覚もある。また、もし異常出血などの不測の事態が起きても、術野を俯瞰視できるため、迅速に対応することが可能だ。手術では、血管を超音波で切断すると同時に両側の血管の切断端が凝固止血される「サンダービート』という最新の手持ち器具が使用されていた。また「エアロビジョン」というジャイロシステムにより術者が頭を動かした方向に内視鏡が動くシステムを利用する時もある。これは東京工業大学と東京医科歯科大学で開発と洗練が進められている機器だ。「ありがたいことに短期間の間に僕の考えていた夢のプロトタイプが実現しました。この手術のおおよその手順は確立して術者も慣れてきました。今後はヘッドマウントディスプレイの重さや解像度のさらなる軽減や改良を産学連携で進めたいと考えています」

現在、同科は全ての手術をこのヘッドマウントディスプレイを使っている。泌尿器科の手術は、現在4~5カ月待ち、150人の患者さんが待機中だ。今回手術を受けた患者さんも10月からずっと待っていたそうだ。

「ありがたい話ではありますが、お待ちいただいている患者さんには申し訳なくて、外来ではいつも謝っています」

現時点で、同手術は木原さんら以外では都立駒込病院で実施されているのみだ。

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