メディカル・レポート4
30年後に胃がんは希少疾患になる 保険適用拡大後のピロリ除菌療法の展開
上村直実さん
ヘリコバクター・ピロリ菌の感染が確認されれば、胃炎の段階でも除菌療法に保険が適用されるようになったのは2013年2月。世界に先駆けて日本で制度化された。それから1年半、ピロリ除菌療法はどのような展開をしているのか。
ピロリ除菌で胃がんリスクは低下
ヘリコバクター・ピロリ菌という名称は広く知れわたっている。胃炎、消化性潰瘍を引き起こし、胃がんの原因にもなりうる菌だ。1980年代に医学界で認知された。日本人は感染率が高く、50歳以上だと半数以上が感染していると推計されている。
「昨年(2013年)のピロリ除菌の保険適用拡大は画期的なことでした」
ピロリ菌に関して20年以上世界に研究成果を報告してきた国立国際医療研究センター国府台病院(千葉県市川市)院長の上村直実さんは、諸外国に先駆けての公的負担の意義を強調した。
ピロリ菌は1980年代に、胃炎と消化性潰瘍の原因であると認められ、除菌が成功すれば潰瘍の再発が抑制されるということがわかった。90年代になると、疫学的な研究で胃がんとの関係が注目され始め、上村さんらは96年、米国の消化器学会でピロリ菌を除菌すると内視鏡切除術後の胃がんに抑制効果があると報告した。
さらに上村さんらは、2001年に「New England Journal of Medicine」誌で、ピロリ菌に感染していない人が胃がんになるのは非常にまれであることを発表した(図1)。この発表の中では、ピロリ菌に感染している人の5%が10年以内に胃がんが発症することも示された。上村さんは、次のように話す。
「ピロリ菌感染がなければ、胃がん発症は非常に珍しいということです。感染者の中でもがんになるリスクはそれぞれ違いますが、胃がんとピロリ菌感染の関係は間違いないということです」
保険適用拡大が進む除菌治療
ピロリ菌が除菌されると、胃の中の炎症が抑えられる。炎症の改善が持続されると、潰瘍の再発がほとんど抑制される。一方で、除菌後には、胃酸が増えたり、胸やけがあたったりという症状が見られることがある。
ピロリ菌の除菌治療は、経口薬で行われる。しばらくは保険適用外だったが、2000年に胃潰瘍と十二指腸潰瘍を対象にした除菌治療が保険適用になった。そして07年には、処方薬の1つである*クラリスロマイシン(一般名)に耐性がある場合は、*メトロダニゾール(同)に替えて行う2次治療が保険適用された。この段階で、ほぼ95%以上が除菌に成功するという。それでも除菌できなかった場合には3次治療もあるが、まだ保険承認はされておらず、自費診療となる。
さらに、10年には早期胃がんの内視鏡切除術後などにも保険適用が拡大された。そして、医療界側からの働きかけで、保険の適用拡大が進められた。「09年の日本ヘリコバクター学会が出した診療ガイドラインでは、除菌治療の有用性が高いことを強調しました(図2)。すべてのピロリ感染症に対して除菌を行うべきとして、厚生労働省などと交渉し、感染が認められれば潰瘍などの症状がなくても除菌治療を保険で行えることが昨年(13年)2月に承認されました」
*クラリスロマイシン=商品名クラリス、クラリシッドほか *メトロダニゾール=商品名フラジールほか
内視鏡検査の広まりが胃がんを減らす
承認から1年半ほどが経過し、上村さんは、「除菌治療は相当に普及していますが、安全性に関して重大な問題が起こったという報告はありません。感染の有無を保険で検査するために必要な内視鏡検査の普及により、今後2、3年の間に胃がんの死亡者数が減ってくるのではと期待しています。5年後には間違いなく減るでしょう。除菌による胃がんの抑制というよりも、それに伴う別の効果が期待されます」と話す。
上村さんが指摘するのは、除菌治療の前段階の診断が重視されることにある。「内視鏡で胃にびらんや浮腫など、ピロリ菌の感染を推測できる所見があれば、ピロリ感染胃炎を疑い、生検や血液検査などの感染診断検査を行います。陽性なら除菌治療の適用となります。この内視鏡検査の段階でがんが発見されれば、早期治療につながるのです」
もう少し長いスパンで見ると、除菌治療の成果が顕著になるだろうと上村さんは予測する。「10年、20年後には、除菌治療の効果が出て、さらに感染率の低下によって日本から胃がんはどんどん減っていくでしょう。30年、50年後にはまれな疾患になることはほぼ間違いないと思います」
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