- ホーム >
- 暮らし >
- がんと暮らし >
- 山崎多賀子が聞く『快適に暮らすヒント』
がんサバイバーが専門家に聞いてきました!
――美容ジャーナリスト山崎多賀子の「キレイ塾」
がんになっても快適に暮らすヒント Vol.9 スピリチュアルケアからの「傾聴」
がんでも、そうでなくても、いつか必ず自分や自分の大切な人に訪れる「死」。前回は、死への怖れとどう向き合っていけばいいのか、「死生学」の第一人者である伊藤高章さんに聞きました。引き続き今回は、命の限りを身近に感じている方への「傾聴」について聞きます。
山崎 前回、*スピリチュアルケアの観点から、「死を受け入れる」ことについてうかがいました。「死を受け入れたほうがいい」というのは、周りの都合であって、そんなことよりも本人が自由に考え、感じる時間をもつことが大切、という話にハッとされられました。ただ伊藤さんは、「残された時間を1人で過ごすか、しっかりと話を聴いてくれる人がいるかの違いは大きいと思う」とも、おっしゃっていましたね。
伊藤 死を身近に感じている方にとって、いま考えていること、感じていることを自由に語り受けとめてもらい、「いい時間を過ごしているな」と実感する時間を味わっていただくのが、とても大切だと思っています。情報を得るためにお話をうかがうのではなく、話をしている瞬間そのものが豊かであることが、重要なことだと思います。
山崎 それは、家族にかかわらず、ですね。
伊藤 はい。例えば医療従事者とのかかわりも同じです。いい治療も大切ですが、診察や病室での会話で、この人と話ができてよかった、と思えること。例えば看護師さんとの会話で、「優しく接してもらってよかった」、「不安なときに、心配して側にいてくれてうれしかった」と感じるような、その瞬間、瞬間のケアが大事な気がします。
山崎 ケアとはこの場合、「癒し」でしょうか。だから、人とのつながりや会話に意味があるのですね。
伊藤 死を身近にしたとき、「もう、1人にしてくれ」という人はあまりいない気がします。煩わしいつながりはいらないけれど、自分にとって大切なつながりは、最後までもち続けたいのではないでしょうか。
*スピリチュアルケア=自己の存在や生きる意味にかかわるケア。「スピリチュアル」は、魂の、霊的なという意味をもつ
会話の流れのなかで いま大事に思っていることを語り直してもらう
山崎 普段の会話もそうですが、しっかり話を聴くときは、楽しかったことを話題にするといいのですか?
伊藤 皆さんそう考えがちですが、実は楽しい話題かどうかがポイントではありません。大変なことを乗り越えたというのも、大事な経験かもしれません。悲しかったことつらかったことも貴重な経験です。楽しかったことよりも、大事なことのお話を聴かせていただく。
それも、「大事なことをお話ください」と求めるのではなく、会話の流れのなかで、「いやぁ、こんなことがあってねぇ」と大事なお話をしてくださることがあるのです。
山崎 大事なことを聴くことに、どのような良さがあるのでしょう。
伊藤 「聴く」ことは、思い出して語っていただくこと。語り直すこと、今の時点で解釈し直すことなのです。いま大事に思っていることを、もう一度語り直していただく。すると、「嫌な話だったはずが、今から思うと差し引きゼロかな」と思ったり、「あの嫌なことがあったから、今の自分があるんだよ」と、いい話に変わったりもする。語り直すことで、自分の経験を意味づけし直していただくという作業ができます。
山崎 そういえば、私もがんと告知されてから、何度となく人生を振り返っていました。過去の出来事を見つめ直すと、見落としていた気づきが確かにあり、ああ、そうだったのかと妙に腑に落ちたのですが、それと似ているのでしょうか。
伊藤 ケアの焦点は、いま現在のご自分を肯定的に大切に感じていただくことです。そのためには、聴き手が、いまここで語られているその方に関心を向け、お話の内容を大切なこととしてしっかり伺うことなのです。
自分らしい聴き方を見つける 「臨床傾聴士」の養成講座が開講
山崎 ところで伊藤さんは、大事な話の聴き手になる「臨床傾聴士」を育成されていますね(コラム参照)。
伊藤 はい。上智大学グリーフケア研究所のこれまでの人材養成の経験を踏まえ、「グリーフケア人材養成課程」という新たな2年制の講座を4月から開講します。修了すると上智大学グリーフケア研究所「臨床傾聴士」の資格が得られます。臨床傾聴士は、今回のテーマである「死」に限らず、「さまざまな問題で苦しんでいる人のお話を聴くケア」のプロです。前回もお話ししましたが、宗教学がベースとなるスピリチュアルケアでは、その方の歴史や思想、理想、信仰、信念、感情をすべてひっくるめて、お話を伺います。その方の主観的な世界理解に注目しますので、客観的な診断が中心にはなりません。だからこそ、ケアの基本は「傾聴」なのです。
山崎 「傾聴」というと、相手の話を聴き、相手の言葉をそのまま用いて会話をつなげる「オウム返し」の手法によって共感を示すことですか? コツはあるのでしょうか?
伊藤 言葉をオウム返しされることで、鏡と向き合うようにどんどん自己理解を深めていく、という考え方もあります。ただ私たちはそのような考え方をしてはいません。語る方と聴く者のとの人間的な関係性を大切にしています。相手がいて、相手にわかってもらいたいから人は話すので、応答にはインパクトがなければいけない。「え? そうなのですか? あなたのことをもっと聴かせて」と。そして、そこには聴く人の個性が含まれていなければいけない。
山崎 同じ言葉を返すだけならコンピュータでもできますね。
伊藤 聴き手が違えば、その方の人生の違った話が伺えるのではないかなと思っています。
山崎 聴き手の個性によって、異なる過去の出来事にたどり着く。本当にそうでしょうね。講座では、そういった聴き方のテクニックを学ぶのですか?
伊藤 いえ、「臨床傾聴士」養成ではテクニックは一切教えません。最初のオリエンテーションでそう話すと、受講生に文句を言われますが(笑)。良い聴き手になろうとしている人にとって、まず自分の話をしっかりと聴いてもらう経験が欠かせません。人に話を聴いてもらってどんな気持ちになるか、どういう聴き方をされると支えてもらえる気持ちになるか。自分がケアしてもらう経験をしながら、その人らしい聴き方を発見してもらう2年間です。
【コラム】「臨床傾聴士」育成プログラム
上智大学グリーフケア研究所では、文部科学省の職業専門職養成講座として、社会経験がある人を対象に、「グリーフケア人材養成課程」(2年制)を開講。所定の単位を修得し、総合審査に合格した修了者に、上智大学グリーフケア研究所が認定する「臨床傾聴士」資格を取得できます。
●ご興味があるかたは 「グリーフケア人材養成講座」 (上智大学グリーフケア研究所ホームページより)
同じカテゴリーの最新記事
- がんになっても快適に暮らすヒント Vol.19 小児医療制度を変えてきた患児の親たちの声 治療法の進歩により、小児がんは治る病気に
- がんになっても快適に暮らすヒント Vol.18 15〜39歳のがん支援の谷間世代 AYA世代特有の悩みや問題にどう取り組む?
- がんになっても快適に暮らすヒント Vol.17 ニューヨーク乳がん視察ツアーvol.2 現地報告
- がんになっても快適に暮らすヒント Vol.16 ニューヨークで日系人の乳がん患者支援を行う「SHARE日本語プログラム」
- がんになっても快適に暮らすヒント Vol.15 がん患者の心を救うサイコオンコロジー
- がんになっても快適に暮らすヒント Vol.14 男性がん患者のアピアランスケア
- がんになっても快適に暮らすヒント Vol.13 がん治療と膣トラブル
- がんになっても快適に暮らすヒント Vol.12 意外と知らない褥瘡(床ずれ)の話
- がんになっても快適に暮らすヒント Vol.11 美と癒しを支えるソシオエステティックをご存じですか?
- がんになっても快適に暮らすヒント Vol.10 がんの在宅医療