渡辺亨チームが医療サポートする:副作用対策編
浜松オンコロジーセンター長
わたなべ とおる
1955年生まれ。
80年、北海道大学医学部卒業。
同大学第1内科、国立がん研究センター中央病院腫瘍内科、米国テネシー州、ヴァンダービルト大学内科フェローなどを経て、90年、国立がん研究センター中央病院内科医長。
2003年、山王メディカルプラザ・オンコロジーセンター長、国際医療福祉大学教授。
現在、医療法人圭友会 浜松オンコロジーセンター長。
腫瘍内科学、がん治療の臨床試験の体制と方法論、腫瘍内分泌学、腫瘍増殖因子をターゲットにした治療開発を研究。日本乳癌学会理事
再発リスクの高い乳がんにはどんな術後薬物療法がいいか
持田百合子さんの経過 | |
2006年 7月14日 | 右乳頭の外側にしこりがあることを自分で発見 |
21日 | 「ステージ2bの乳がん」と診断 |
9月4日 | 右乳房の切除手術 |
8日 | ホルモン受容体、HER2受容体陰性で、CEF→D療法が推奨される |
13日 | 第1回目のCEF点滴 |
ステージ2bの乳がんで切除手術を受けた持田百合子さん(46歳)。
しかし、脇の下のリンパ節転移が6個と再発リスクが高く、おまけにホルモン受容体が陰性、HER2タンパクも発現していないという有様。
術後の薬物療法には何がいいのだろうか。
(ここに登場する人物は、実在ではなく仮想の人物です)
トリプルネガティブとは?
中部地方S市に住む46歳の主婦・持田百合子さん(仮名)は、2006年7月に右乳頭の外側にしこりがあることに気づいた。公立N病院外科を受診すると、3センチ大の腫瘍が発見され、「ステージ2bの乳がん」と診断される。9月4日右乳房の切除手術が行われた。
百合子さんの執刀医は50歳の松村清医師(仮名)。乳がん専門の乳腺外科医ではなく、ベテランだが消化器を中心にがんの手術を行っている消化器一般外科医である。ここ10年くらいは乳がん切除で年間10~20例ほどを経験している。
9月5日の夜、外科の医局で、松村医師は百合子さんの病棟担当医である35歳の高田修司医師(仮名)と話していた。百合子さんの術後薬物療法(*1)をどうするかという検討についてだ。
「リンパ節転移(*2)は脇の下に6個見つかったけれど、ほぼ完璧に切除できたと思う。ただホルモン受容体(*3)が陰性だったから、内分泌療法は効かない。だから一応抗がん剤をやっておかないとね」
「HER2(*4)も陰性なのですね?。トリプルネガティブ(*5)ということですね。国際分類によると、ハイリスクですね」
「でも、あれは欧米人の話だよ。日本人の乳がんは予後がいいし、このクランケの場合、手術で取りきれているから、UFT(一般名テガフールウラシル)でいいだろう」
高田医師は、「えっ、UFTですか?」と少し驚いたように言った。
副作用は強くてもアントラサイクリン系が妥当
翌日N病院外科では、過去1週間に行われた5例の乳がんの手術症例についてのカンファレンスが行われ、4人の医師が術後薬物療法をどうするかを協議していた。5例のうち3例はホルモン受容体陽性、1例はHER2タンパク陽性であり、これらの治療法についてはほとんど問題なく意見の一致を見たが、問題となったのは持田百合子さんの治療法だ。松村医師が話し始めた。
「持田さんは薬の副作用を極端に怖がっている。その点、飲み薬のUFTは副作用が軽い。アントラサイクリンの入ったAC療法〔アドリアシン(一般名ドキソルビシン)とエンドキサン(一般名シクロホスファミド)を併用した療法〕もUFTと同じくらいの効果だけど、吐き気が強く現れる。点滴は患者さんにとってもわずらわしいし、QOL(生活の質)の高さを狙ってUFTにしたほうがいいと思う」
しかし、若手の高田医師は先輩とはいえ譲らなかった。
「低リスクの乳がんなら、UFTやCMFでもいいかもしれません。でも明らかにハイリスクである患者さんには、再発の抑制力の強いアントラサイクリン系(*6)やタキサン系の抗がん剤を使う必要があるでしょう。日本の『乳癌診療ガイドライン』でも、術後療法としてアントラサイクリン系を含む抗がん剤治療が強く推奨されています。なかでもCEFならACより有効性が高いし、副作用の点でもACより軽いといわれます(*7CEF療法)。また、CEF(100)にタキソテール(一般名ドセタキセル)を加えたCEF→D療法(*8)は、CEF(100)単独より再発リスクが有意に低下したというデータもあります。持田さんの再発リスクの高さから考えると術後薬物療法は、CEF→D療法が妥当かと思いますが……」
こう強力に言われてはさすがの松村医師も、たじたじ。
「じゃ、抗がん剤に手馴れた高田先生の外来にお願いするよ」
あとの医師たちもこれにうなずいた。
「わかりました。それでは退院の前にインフォームド・コンセントの時間を取って患者さんに、その旨説明します」
副作用への丁寧な説明で治療に前向きに
9月8日の午後5時、退院を翌日に控えた持田百合子さんは、高田医師から面談室に呼ばれていた。高田医師のほか、「浅田美紀」というネームプレートをつけた看護師も同席している。高田医師は、夫の高志さんが会社から駆けつけてきたのを確認すると、「でははじめましょうか。術後の薬物療法についてですが、持田さんはリンパ節に6個もの転移が見つかっていて、再発リスクがかなり高いと考えられます。もし何の治療もしなければ、10年以内に再発するリスクは4~5割というところでしょう。今後しっかりと治療を行う必要があります」
すると、百合子さんが話した。
「乳がんは手術したあともいろいろお薬を飲まなければならないことは聞いています。でも、副作用が強いようですね。それが心配で、松村先生にも何か副作用の小さい治療法はないかとお願いしていたんですよ」
「ええ、でも持田さんのは、ホルモン剤やハーセプチンというお薬が効くタイプではなく、抗がん剤を使う必要があります。しかも、もっとも再発抑制の強いCEF→D療法という治療が必要です。副作用の現れ方は一概には言えませんが、一般にはこの治療法には厳しい副作用が現れます(*9CEF→D療法の副作用)」
百合子さんは、2カ月前にがん告知されたときのがっくりきた瞬間を思い出していた。そこへ高志さんが口を挟む。
「がんで死ぬ人もたくさんいるんだから、早めに打つ手があるだけ運がいいと思わないと」
「そうね。ほんとに」
百合子さんが同調して、少しなごんだ雰囲気になる。
「お薬の用量ですが、身長と体重から割り出した体表面積からいうと、持田さんは1.68平方メートルですから、CEFはファルモルビシン160ミリグラム、エンドキサシン810ミリグラム、5-FU810ミリグラムで行います。また、タキソテールは90ミリグラムです」
「まあ、私太っちゃったから、お薬代も高くつきそうね」
笑い声が起こった。
「まずCEFを3週間置きに4サイクル、そのあとタキソテールを3週間置きに4サイクル実施します」
若い医師が治療についてはっきりとした言葉で説明してくれるので、百合子さんは前向きに治療を受け入れる気になった。
忙しい高田医師は30分で医局へ引き上げたが、そのあと浅田看護師は、1時間近くにわたってCEF→D療法の副作用について説明した。わかりやすく書いたパンフレットなども用意してくれている。百合子さんは「たとえ副作用が出ても、安心して治療を任せてよさそう」と感じ始めた。
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