腫瘍内科医のひとりごと 123 ピロリ菌の不思議

佐々木常雄 がん・感染症センター都立駒込病院名誉院長
発行:2021年3月
更新:2021年3月

  

ささき つねお 1945年山形県出身。青森県立中央病院、国立がんセンターを経て75年都立駒込病院化学療法科。現在、がん・感染症センター都立駒込病院名誉院長。著書に『がんを生きる』(講談社現代新書)など多数

胃がんの多い日本では、1970年頃から胃がん診断学は大きく向上しました。

病理組織検査では、胃がんのほとんどが「慢性萎縮性胃炎」を基にできていることがわかっていました。

病理医は、手術で切除された胃を、どこまでが萎縮性胃炎で、どこまでがんなのかを明らかにしました。それを胃X線検査で、内視鏡検査で描出できているか、読影できているかを病理医、消化器内科・外科医、放射線科診断医、内視鏡診断医が集まって、より綿密に検討して、診断技術が磨かれていきました。

そして、胃がんを早期で、また、微小な胃がんを見つけることは世界に誇れる、得意な分野となりました。また、外科医の巧みな技術により、手術での死亡率も外国に比べて極端に低かったのです。

ピロリ菌が胃にいることはわかっていたが……

当時、顕微鏡でヘリコバクター・ピロリ菌(ヘリコバクターは螺旋型細菌、ピロリは胃の出口・幽門の意味)は、慢性萎縮性胃炎の中に見えていたのです。

しかし、酸の強い胃の粘膜に細菌は住めないと考え、問題にしていませんでした。まさか、細菌が胃がんに関係していたとは考えませんでした。

オーストラリアの研究者、ウォーレンとマーシャルはこのピロリ菌が胃炎や胃潰瘍の原因ではないかと考え、胃の粘膜に住み着いている細菌の培養に成功しました。そして、自ら培養したピロリ菌を飲み込み、急性胃炎になったのです。彼らは2005年にノーベル生理学・医学賞を受賞しました。

ピロリ菌は口から侵入して胃に住みつき、何10年かけて萎縮性胃炎を進行させ、腸上皮化生となり、がんが発生しやすくなります。ピロリ菌の感染のない人から胃がんが発生することはまれで、胃がんはピロリ菌の感染が深くかかわっていることがわかってきました。

2013年、ピロリ菌除菌治療は、それまでの胃・十二指腸潰瘍に加え、慢性胃炎に対して保険適用となりました。その結果、除菌治療を受ける人が増え、そしてピロリ菌の除菌が開始されてからは、胃がんの死亡者は減り続けているのです(約10%減)。これは胃がんに対する予防治療として画期的です。

胃がん以外にも多くの病に関係

また、胃に出来たMALT(マルト)というリンパ腫の一種はピロリ菌が原因と考えられ、多くは除菌により治癒することがわかっています。

胃以外では、自己免疫性疾患ITP(特発性血小板減少性紫斑病)患者で、ピロリ菌陽性の場合、除菌を行うと半数以上で血小板が増加するのです。ITPの治療法として、ピロリ菌の除菌療法が保険適用となっています。それでも、ITPではなぜ「自己抗体」ができるのか、ピロリ菌感染との関係については、未だはっきりとはわかっていないのです。

原因不明の鉄欠乏性貧血で、鉄剤治療をしても悪化を繰り返す場合、ピロリ菌陽性であれば除菌療法を行うと、貧血が治る報告があります。最近では、動脈硬化、糖尿病、慢性蕁麻疹、シェーグレン症候群などでもピロリ菌との関連が考えられています。腸内のピロリ菌による慢性的な炎症による全身性免疫反応が、これらの一因となっているのではないかとの指摘があります。さらには腸内細菌と腎臓病の関係も指摘されています。

まだまだわからないことが多いのですが、日本人の約半数が感染しているピロリ菌は、胃がんだけではなく多くの病気に関係しているのです。

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