抗がん薬の最新知見
悪性黒色腫、乳がん、卵巣がんなどで最新知見発表 遺伝子の解明により、患者により適切な治療薬が増える
遺伝子レベルでがんの解明が進んだ今、がんの生物学的特徴を標的とした新たな薬剤の開発が進んでいる。本特集では、個別化治療に1歩踏み出した悪性黒色腫、女性のがんである乳がん、卵巣がん、さらには男女ともに罹患数の多い肺がんについて、世界最大規模のがん専門学会である米国臨床腫瘍学会(ASCO)の年次集会より、その最前線をレポートする。
悪性黒色腫で生存率を改善する新薬が登場
毎年、最も注目すべき演題が発表されるプレナリーセッション。その1つとして発表されたのが、悪性黒色腫の治療薬、ベムラフェニブ(一般名)の効果だ。標準療法であるダカルバジン(一般名も同様)と比べて、初めて進行した悪性黒色腫患者の生存率を改善したことが明らかになった。
悪性黒色腫患者の約半数はBRAFという遺伝子が変異しており、ベムラフェニブは、この変異した遺伝子を標的とする 薬剤。米国食品医薬品局の認可が下りれば、この遺伝子変異を有する悪性黒色腫患者に対する新たな標準療法になるだろう。
今回結果が発表されたのは、BRIM3と呼ばれる試験で、BRAF遺伝子変異を持つ、未治療で手術不能、あるいはステージ(病期)が進んだ転移性悪性黒色腫675例が対象となった。
中間解析において、ベムラフェニブ群ではダカルバジン群と比較して全死亡リスクが63パーセント低下した。死亡数が少ないため、ベムラフェニブ群では全生存期間の中央値が計算できないほどだという。奏効率も、ダカルバジン群5.5パーセントに対して、ベムラフェニブ群では48.4パーセントと大きな差が認められた。
さらに、グレード3以上の重篤な副作用を経験した患者は10パーセント未満で、多く認められた副作用はほてり、光線過敏症しょう、関節痛であった。
メモリアル・スローン・ケタリングがんセンターのポール・B・チャプマンさんは、「これらの成績は、悪性黒色腫の個別化治療に向けた大きな第1歩である。なぜなら、特定の遺伝子変異を有する悪性黒色腫患者における、最初の成功例だからだ」と述べた。
女性のがんで、予防や治療成績向上に期待
女性のがんについても、興味深い結果が示された。記者会見で司会を務めたコーネル大学のアンドリュウ・シードマンさんは冒頭で、「今回、乳がんの疾患管理と予防における見事な進歩が示された。また卵巣がんでは、2つの試験において、標準化学療法にアバスチン(*)を加えることのベネフィットが示された」と述べた。
乳がんの発症予防では、アロマシン(*)が良好な結果を示すことが、MAP・3と呼ばれる大規模第3相試験で明らかになった。この試験には、前がん病変をもっている高リスクな人など、危険因子を持つ閉経後女性4560人が登録された。
今回発表されたのは、追跡期間中央値3年の成績だが、アロマシン群で浸潤性乳がんを発症したのは11名であり、偽薬群の32名と比較して、65 パーセント少なかった。
浸潤性乳がん+非浸潤性乳管がんも53パーセント少なく、また前がん病変(異型乳管過形成、異型小葉過形成)も、64パーセント少なかった。
有害事象では、ほてり、疲労感、発汗、不眠症、関節痛などが研究者の予想通りアロマシン群でやや多かったものの、これらは自己報告による全般的なQOL(生活の質)には影響を与えなかった。より深刻な副作用である骨折、骨粗鬆症、高コレステロール血症、心筋梗塞などの心血管系の病気や乳がん以外のがんについては、両群で差はなかった。
現在、乳がんのリスクが高い患者に対する乳がん予防薬として、米国食品医薬品局に認可されているのはノルバデックス(*)とエビスタ(*)だが、少数ながら重度の子宮がんや、死に至る可能性のある血栓(*)リスクがあることから、米国では乳がんのリスクの高い患者の4パーセント、全女性の0.08パーセントでしか、これらの薬剤は使われていない。そのため、より効果的で安全な予防方法が求められていた。
筆頭研究者でハーバード大学教授、マサチューセッツ総合病院のポール・E・ゴスさんは「65パーセントという数値は期待した以上のものだ。追跡期間はまだ3年だが、アロマシン群では腫瘍そのものの数だけでなく、悪性度の高い腫瘍がより少なく、副作用の出方も、大きく懸念されるものはない。MAP・3試験では、アロマシンが、閉経後女性の乳がん発症予防において、期待される新たな方法であることが示された。世界では、年間1300万人が乳がんを発症し、50万人が死亡している。今回の成績が公衆衛生に与えうる影響は重大なものである」と指摘した。
*アバスチン=一般名ベバシズマブ
*アロマシン=一般名エキセメスタン
*ノルバデックス=一般名タモキシフェン
*エビスタ=一般名ラロキシフェン
*血栓=血管内の血液が何らかの原因で塊を形成すること
再発卵巣がんでアバスチンが進行リスクを抑制
[再発卵巣がんに対するベバシズマブの効果(腫瘍縮小効果、効果持続期間)]
卵巣がんの治療では、2つの試験で、分子標的薬アバスチンの有用性が示された。
1つはOCEANSと呼ばれる第3相試験で、プラチナ製剤を基本とする化学療法にアバスチンを加えることによって、再発卵巣がん患者の疾患進行リスクが52パーセント低下したというもの。
追跡期間中央値24カ月において、無増悪生存期間中央値は、アバスチンを投与された患者では12.4カ月、化学療法のみの患者では8.4カ月であった。無増悪生存期間とは、がんが悪化せずに生存した期間のことを指す。
またアバスチンと化学療法を併用した女性では、79パーセントに有意な腫瘍縮小が認められ(化学療法単独では57パーセント)、効果持続期間もアバスチン併用群で長かった(10.4カ月対7.4カ月)。また、アバスチン投与でしばしば問題になる消化管穿孔といって消化管に穴があいてしまう副作用は、OCEANS試験では1例も認められていない。
「アバスチンを投与した女性は、再度、病状が悪化して化学療法に戻ることなく、より長期間生存できる。これまで治療選択肢が限られていた患者にとって、非常に意義がある成績だ」とメモリアル・スローン・ケタリングがんセンターのキャロル・アハジャニアンさんは話している。また将来の展望として、プラチナ製剤が効かない卵巣がんに対する化学療法とアバスチンの併用や、PARP阻害剤(*)と呼ばれる新規治療薬とアバスチンの併用についても研究を進めたいとしている。
*PARP阻害剤=ポリADPリボースポリメラーゼ阻害剤のこと。DNA修復などに関わっており、腫瘍細胞のDNA修復を阻害して細胞死に導くことで、腫瘍を縮小させる働きをもつ
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