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誤解だらけの遺伝性・家族性の大腸がん
欠かせない早期発見・治療とカウンセリング、そして社会的支援とケア

監修:岩間毅夫 杏雲堂病院副院長
取材・文:町口充
発行:2006年6月
更新:2019年7月

  
岩間毅夫さん 杏雲堂病院副院長の
岩間毅夫さん

大腸がんの中でも、遺伝性の要因が発症に深く関与していると考えられるのが家族性大腸腺腫症(FAP)と遺伝性非ポリポーシス大腸がん(HNPCC)。発生頻度の少ない疾患だが、一般のがんが手術をすれば一応の治療目的を達するのに、手術は治療の始まりにすぎず、一生を通じて、あるいは世代を超えた長期戦略でのぞまなければならないのがこれらの疾患だ。遺伝性ということで世の中の誤解も多く、患者は孤立しがちな上、必要な情報がなかなか得られていない現実もあり、社会的支援や十分なケアが求められている。


100個以上の腺腫ができるFAP

[大腸の多発性ポリープ(腺腫)]
写真:大腸の多発性ポリープ(腺腫)

家族性大腸腺腫症ではこのようなポリープが100個以上もできる

[大腸腺腫の組織像]
写真:大腸腺腫の組織像

表面(画面上)に近いほど異型性(正常からの隔たり)が大きい

ごく大ざっぱにいえば、ポリープ(腺腫)を多発するポリポーシス型が家族性大腸腺腫症(familial adenomatous polyposis=FAP)で、ポリープを多発しないタイプが遺伝性非ポリポーシス大腸がん(hereditary non-polyposis colorectal cancer=HNPCC)。発生頻度は、FAPは1~2万人に1人といわれ、HNPCCは全大腸がんの数パーセントといわれている。

まず、FAPについて、「遺伝性腫瘍外来」を開設して積極的に診療に当たっている佐々木研究所付属杏雲堂病院(東京・千代田区)副院長の岩間毅夫さんは次のように語る。

「FAPは、大腸におよそ100個あるいはそれ以上の腺腫が存在するもの、と定義されていますが、例外的には、家族歴があって、かつポリープが少ないタイプも含まれています。10代の前後から大腸にびまん性の腺腫が多数発生し、現在の学説では、大腸がんの前段階との考えが有力です。放置すれば40歳ぐらいまでに約50パーセントの人が、60歳ぐらいまでにはほぼ90パーセントの人が大腸がんになるといわれています。また、大腸がん以外にも、甲状腺がん、十二指腸乳頭部がん、子宮がん、卵巣がんなどにも注意が必要です」

家族性大腸腺腫症の原因遺伝子による定義では、第5番目染色体上にあるAPC遺伝子の変異で起こる優性遺伝疾患とされている。APC遺伝子は、大腸粘膜細胞の分化や増殖を調節する働きを持つ遺伝子であり、ほかにも甲状腺、子宮、卵巣などでもAPC遺伝子が同様の働きをしていると考えられている。このAPC遺伝子に突然変異が起こって、正常な機能を果たせなくなった変異遺伝子が生殖細胞を通して子孫に伝えられると、その子孫はがんを発生しやすくなる。

優性遺伝なので、両親のどちらかにAPC遺伝子の異常がある場合、男女の区別なく、生まれる子どもがこの体質を持っている確率は50パーセント。ただし、生まれてくる子どもがたとえば3人いたとして、全員がその体質を持つ場合もあれば、1人、2人、あるいは全員が持たない場合もありうる。

また、近年、APC遺伝子とは別の原因遺伝子も発見されている。

「発見のきっかけは、FAPの患者さんの中には、詳しく遺伝子検査をしてもAPC遺伝子の異常が見つからない方々がいたことでした。それらの患者さんのうち、腺腫の少ないタイプの一部に、NYHという遺伝子の故障で起こる劣性遺伝性の疾患が存在することがわかってきたのです」

ちなみに優性、劣性というのは優秀とか劣っているとかの意味ではなく、強い、弱いをあらわす。優性遺伝子は両親から受け継いだ2個で1対の遺伝子のどちらか一方にあるだけで発現するが、劣性遺伝子は2個1対の遺伝子の両方になければ発現しない。したがって、優性遺伝の場合は両親の遺伝子のいずれかが異常になるだけで発病するが、劣性遺伝の場合は、両親の遺伝子の両方に異常があると発病する。

岩間さんによると、APC遺伝子が細胞の分化や増殖を直接、調節する働きをしているのと違って、NYH遺伝子は、遺伝子の構成要素である「グアニン塩基」が酸化されて起こる傷を修復する遺伝子の1つという。グアニン塩基が酸化による障害を受けると、遺伝子は特定の変異を起こしやすくなる。それを修復してくれるはずのNYH遺伝子が働かない場合は、細胞増殖を調節する遺伝子に酸化障害が起こると、修復されないまま障害は蓄積していき、ついには腺腫が発生してしまう。

NYH遺伝子が異常を起こして発生する腺腫は、APC遺伝子の異常によるものより数は少ないものの、大腸がんに至る危険は変わらないといわれている。

FAPの診断で重要なのは家族歴だ。FAP患者の親、兄弟姉妹、あるいは子どもはFAPである可能性があり、なるべく早い段階、できれば15~16歳ぐらいから検査を受ける必要がある。

家族歴のある人で、大腸内視鏡検査でポリポーシスが発見されると、FAPと診断される。家族歴があっても、大腸内視鏡検査でポリポーシスが見つからなかった場合は、(1)FAPではない、(2)FAPであるがまだ腺腫を発生していない、の2通りが考えられる。ポリープが見つからない場合は一定期間をおいて再検査を受けるが、FAPなのに35歳以上になってもポリポーシスを発症していないのは例外なので、この時期までに検査を受けて陰性なら、FAPはほぼ否定されるという。

[家族性の大腸がんが遺伝する仕方]
図:家族性の大腸がんが遺伝する仕方

長期戦でのぞむ治療戦略

治療は、FAPと一般の大腸がんとではかなりの違いがある。岩間さんによると、FAPの治療は長期戦であり、(1)大腸がんをはじめ各種のがんを予防ないしは早期治療して、親よりも長生きし、平均寿命をめざす、(2)できるだけ良好なQOL(生活の質)を保ち生活する――という戦略目標ともいうべき治療目標をかかげる必要があるという。

FAP患者の死亡時の平均年齢は、1990年までのデータでは43歳。現在は45歳を超えるまでになっているものの、日本人全体の平均寿命からすれば著しく低い。しかも、何もしないでいると20歳をすぎると大腸がんが発生しやすくなり、60歳では90パーセントの人にがんが発生する計算なのだから、治療の開始時期をいつにするかが重要になってくる。

治療の中心は、一般の大腸がんと同様、外科手術である。すでに大腸がんが発生している場合は当然、手術適応となる。しかし、がんが発生する前の段階でも手術を考慮しなければならないのがFAPの特徴だ。では、手術時期はいつがいいかというと、目安は3つある、と岩間さん。

「1つは、大腸がんの発生率が上昇する時期で、20歳をすぎれば大腸手術の適応を念頭に置き、30歳を超えるとほぼ全例が手術適応と考えられます。2つめは家系内の大腸がん発生状況で、もっとも若年で大腸がんが発生した人の年齢を参考にします。3つめはもっとも重要な基準で、患者さんの病態です。腺腫が密生するもの、1センチ以上のポリープが多発するもの、組織型が高度異型あるいはがんであるものは手術適応と考えられ、ポリープが5ミリ前後と小さく、正常粘膜の間に散在する程度なら、たとえ30歳を超えていても年1回程度の定期検査で十分と考えられます。ただし検査を省くと危険です」

手術は大きくわけて、大腸を全て切除する大腸全摘、直腸部分は残しておく結腸全摘の2つがある。それぞれに長所と短所があり、完全に大腸がんの心配をなくすなら大腸全摘手術だが、人工肛門を余儀なくされる欠点がある。しかし、20歳を超えると手術も考えられるように若い人に多い病気だけに、肛門機能を温存する手術を希望する患者も多い。そこで1980年、兵庫医科大学教授(当時)の宇都宮譲二さんと岩間さんらにより日本で開発された、回腸にJ型の嚢を形成して肛門と吻合する回腸肛門吻合術により、肛門機能を温存する方法もある。

また、最近は腹腔鏡下手術も行われるようになってきた。これだと腹部にあまり傷を作らず、術後の退院も早く、社会生活にはほとんど差し支えないまでに技術の進歩が進んでいるという。


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