人生何が起きるかわからない、やれることは元気なうちにやらなくては 乳がんが自分を積極的な性格に変えた!

取材・文●髙橋良典
写真提供●小川麻子
発行:2023年2月
更新:2023年2月

  

小川麻子さん イラストレーター

おがわ あさこ 1972年東京都生まれ。2015年、乳がんの診断を受け同年右胸全摘出、再建手術を受け、ホルモン療法開始。術後、長年の夢だったイラストレーターの活動を開始。他疾患の主治医の言葉「病気を理由に人生を変えるな」をモットーに、治療や体調の波を抱えながらもやりたいことを諦めない、人生を思いきり楽しむ生き方にシフト。自らその考えを発信したり、作品で表現することで、多様性社会に貢献したいと考えている。実績、お問い合わせは小川麻子HPから

入浴後、偶然、右胸のシコリを見つけた小川麻子さん。毎年乳がん検診を受けていたので、「まさか!」と思ったが、念のためブレストクリニックを受診。そこで「限りなくクロ」と告げられ、強いショックを受ける。

紹介された病院の主治医から「一緒に頑張りましょう」と言われ、「怖がっている場合じゃない」と思ったものの、何故、毎年乳がん検診を受けているのに見逃されたのか。しかし、乳がんの手術は、先延ばしにしていたもう1つの手術を受ける覚悟への効用もあった。小川さんの体験とその再生の物語を訊いた――。

胸にあるシコリを偶然発見

小川麻子さんが右胸のシコリに気づいたのは2015年4月のことだった。風呂から上がったとき、ふと右胸に髪の毛が付いていることに気がついた。

毛を取ろうと右胸を触ったのだが、1度では取り切れず、まだ胸に付いている毛を取ろうとしたときシコリに気づいた。

「慌ててよく触ってみるとコリコリするものがあり、『ひょっとしたら……がんかも!』と一瞬思いましたが、それまで毎年乳がん検診は受けていたので、『まさか』と思い直しました」

しかし、万一のことを考え、駅前にあるブレストクリニックを受診。エコーとマンモグラフィ、それに希望して針生検も行った。

「『針生検までやってください』と先生にお願いしたのは、当時、イラストレーター養成スクールの基礎コースに通っていて、上級クラスに進学するための申し込み手続きをしていました。そのために早く結果を知りたかったからです」

エコー画像をみた医師から、「ハッキリしたことは針生検の結果が出てからですが、エコーで診ると腫瘍の大きさは4㎝くらいあって限りなくクロに近いですね。もし、がんならここでは手術はできないので、病院を考えておいてください」と告げられた。

その上で、「ここに登録している病院なら紹介しやすいから」と、病院名を書いたリストを渡された。

「『限りなくクロに近い』と言われ、その日はどうやって帰宅したのか覚えていないくらい強いショックを受けました」

帰宅後、なんとか気持ちを奮い立たせ、医師から貰ったリストにある病院をネット検索した。

毎年乳がん検診を受けていたのになぜ?

ブレストクリニックを受診したのが、ゴールデンウィーク直前だったこともあり、針生検の結果が出たのは2週間後の5月9日のことだった。

それまでのネット検索の結果、もしもがんなら手術する病院は聖路加国際病院と決めていたので、その旨を医師に伝えるとその場で先方に連絡を取ってくれた。

「聖路加国際病院に決めた理由は、ホスピタリティの精神がHPからも感じられたことと、乳がんに関して過去の症例の件数、先生の実績などを見て決めました」

すると、思ってもみなかったことに先方から「明日来られますか」と言ってきた。しかし、クリニックでは提出する書類が間に合わず、聖路加国際病院への受診はそれから約1週間後になった。

聖路加国際病院で、改めてすべての検査をやり直した結果、「リンパ節に転移しているかどうか」、画像診断医と主治医とで判断が分かれ、最終的には「手術をしてみないとわからない」ということになった。

腫瘍の大きさはブレストクリニックでは4㎝と言われていたが、改めて聖路加国際病院で測ったところ7㎝あり、手術は部分切除ではなく全摘手術で行うと告げられた。

「私は胸に対して、女性の象徴だという気持ちはもともともと持っていませんでした。だから疑わしいところは全部取ってもらったほうが安心という気持ちが強かったので、『全摘です』と言われたとき、そんなにショックはありませんでした。それよりも、毎年乳がん検診を受けていたのに、こんなに大きくなるまで見つけられなかった病院に対して腹が立って仕方ありませんでした」

だから、主治医に「毎年乳がん検診を受けていたのに、わからないものなんですか?」と訊かずにはいられなかった。

すると、主治医は「マンモグラフィでは、日本人のほとんどの乳がんは見落とされることが多く、触診では、かなりの大きさにならないとわからないので、昨年(2014年)の秋だったらわからなかったかも知れません」と答えた。

「じゃあ、どんな検査だったらわかったんですか」と、小川さんは食い下がった。

「1番確実なのは、エコー検査です」

乳がん検診ではエコー検査はオプションになっていたこともあり、それまでは受けていなかった。

「それなら、乳がんを発見するには『エコー検査が確実だ』と知らせてほしかったし、エコー検査までを無料で受けられるようにすべき、と思いました。また、検診を担当している技師は『乳がんの症例をそんなに見ていないので』という話も聞いて、なんか、モヤモヤしてしまいました。だから今は、友達から相談を受けたときには、エコー検査を受けるように勧めています」

モロッコでラクダに乗る小川さん

医師の対応に頑張ろうという気持ちに

聖路加国際病院を選んでよかったと思ったのは、主治医の対応が本当に安心でき、勇気を貰えるような言葉をかけてもらい、病気の不安よりも頑張ろうという気持ちに変えてくれたからだ。

「最初の診察のときに、主治医から『手術は私がしますが、病気を治すことは、私と小川さんの共同作業です。だから一緒に頑張りましょう』という言葉をかけてもらいました。それからノートを渡されて、『受けた診察内容も書いて、わからないこともドンドン質問してください。自分の病気ですから』と、今度は厳しい口調で言われたので、『怖がってる場合じゃないんだ』とも思いました」

小川さんは6月に右胸全摘術と乳房再建術を同時に受けた。

朝1番に手術が始まり、昼過ぎに終了した。

胸が女性の象徴だという意識はなかった小川さんだが、主治医から「結構胸がえぐれるぐらいに切除するとのことで、洋服を着たときとか、肩回りが疲れやすくなる」との説明を受けたことで、乳房再建に同意した。

「入院期間は8日くらいでした。病院はすべて個室なので1日3万円くらい料金が掛かりました。37歳で初めて就職した際に、この先何かあるかもしれないと思いこれまで入っていた保険のコースを女性特有の病気に対するものに変えました。そのときの自分の判断に感謝しています」

小川さんは子どものころから喘息が酷くて、小学校は出席日数がギリギリで卒業。中学・高校は普通に通えたのだが、高校のときにうつ病を発症して長期の入退院を繰り返したりしていた。そのようなこともあって、大手ドラッグストアの商品販促部に就職したときは37歳になっていた。

小川さんイラストの今年のカレンダー

「私の最終目標はイラストレーターになることですが、いきなりフリーとしてやっていくのは難しいので、まずは会社員としてやっていくことにしました。やっと就職もでき、収入を得て、自分で学費を払ってイラストレーター養成学校にも行けるようになったのに、がんで、また足止めを食らってしまったショックと悔しさが一遍に沸き上がってきました」

自分で決めた病院だが、最初は聖路加国際病院に行くことに尻込みしていた、という。

聖路加国際病院の通院コースが養成スクールへの通学路に重なっていて、気持ち的に複雑だったからだ。

「養成講座の先生に、『授業料を払ったけど、乳がんになってしまったのでキャンセルしたい』と話しました。キャンセル料が発生する時期だったのですが全額返金してくれて、『是非元気になってもう一度、来てください』と言ってもらえました」

「元気になってもう一度行こう」と、そのとき決心し、会社はしばらく休職した後、退職した。

小川さんイラスト

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