自分を面白がらせてみましょうよ 胃がんから3年、笑いの世界を生きる落語家・林家木久蔵さん

インタビュー:がんサポート編集部
撮影:板橋雄一
発行:2004年1月
更新:2019年7月

  
林家木久蔵さん

はやしや きくぞう
昭和12年、東京・日本橋生まれ。食品会社工場勤務から、清水崑門下へ入門、漫画家となる。のち、先代桂三木助門下へ入門、落語家となる。先代三木助氏没後、林家正蔵門下へ移る。昭和47年真打ち。全国ラーメン党会長、画家とさまざまな顔を持つ。平成7年からはリウマチ患者のための落語会も行っている。

平成15年で満38年になる超長寿人記番組「笑点」に欠かすことのできない存在、落語家の林家木久蔵さん(66歳)。番組レギュラーとなった昭和41年から、一度も番組を休んだことがない「皆勤賞」だが、実はその間、2回の大病による入院を経験されている。木久蔵さん流の「元気術」、その一端を伝授して頂いた。

超多忙スケジュールを縫って、お腹を切って、縫って

写真:高座で笑いと元気を贈り続ける林家木久蔵さん。

高座で笑いと元気を贈り続ける林家木久蔵さん(撮影・高木岑生氏)。

平成12年の4月ですね。内視鏡検査で初期の胃がんが見つかったのは。それまで、本当に忙しい忙しいのめちゃくちゃな生活していましたよ。仕事柄、一席話したあとの打ち上げの宴席が多いんですが、断れませんし、お酒は好きですしね。

その前の年から少し胃潰瘍の気があるというので、慈恵医大で内視鏡検査を受けたんです。うちのかみさんに強く勧められましてね。かみさんは、自分自身が小さい頃、体が弱かったものだから、人の体の調子を見るのが上手なんです。ちょっと僕の顔色が悪いと「お父さん、病院へ行ってらっしゃい」って薦めるんですよ。

そのおかげで、胃がんも、早期に発見することができましてね。かみさんに助けられました。

医師から「がんです」って言われて、実はそれほどショックはなかったんです。昭和42年、そのとき僕は前厄だったんですが、腸閉塞をやりまして。お腹を27センチ切る手術を受けているんですよ。

だから、慣れてるというわけではないですけれど、初めてお腹を切る人のような恐怖心はありませんでした。もちろん、そりゃイヤではありましたけれど、決断は早かった。

手術を受けたのは翌5月でした。実は、5月と9月というのは、芸人にとって一番忙しい時期なんです。だから、主治医の先生に「なんとか手術を秋まで延ばせないか」と相談はしました。けれども、先生は僕の様子を見て、「木久蔵さんは、体もお元気だし、ほうっておくとがんが早く進んでしまうことのほうが怖い。早いうちに切ってしまったほうがいいですね」()と。僕も納得したので、なんとか仕事のほうの埋め合わせの段取りをつけて、手術に臨みました。

編集部注=病期や、がん細胞の性質によって個人でも異なりますが、手術を急ぐ必要のない場合もあります。あわてることなく、それぞれの主治医とよく話し合ってください。

「仕事をしなきゃ」という気持ちが大きな支えになった

写真:「木久蔵せんべい」

「木久蔵せんべい」のパッケージ画は木久蔵さん自身の筆。鞍馬天狗の黄色い衣装は「笑点」での木久蔵さんのイメージカラーだ。

写真:孫悟空を描いた木久蔵さんの絵

申年にちなんで、孫悟空を描いた木久蔵さんの絵。岩彩を使った鮮やかでかろやかな画風。

入院して30日目からは、病室から仕事に出ていたんですよ。点滴をはずして。だから、「笑点」も、テレビの上では一度も休んでいないんです。周りの方には、病気のことはあまり言っていませんでした。映像は冷酷なものでそのまんま写しますから、ドーランを塗っていても頬はそげているし、わかる人にはわかったんじゃないかな。テレビを見た方から、心配してお手紙をもらったりしましたよ。

仕事も、できるだけ断らないようにしました。もちろん、体力がありませんから、20分くらいで終わる落語なら大丈夫だけれど、1時間半の講演だと無理だとか、1日2本以上仕事を入れないようにするとか、工夫はしていました。僕も行った先々で病状を説明するわけではなかったですから、なるべく普通に見えるようにと思っていましたね。

もうひとつ、仕事をなるべく引き受けたほうがいいと思った理由としては、1人で寝ているとやはり悶々とするところがあるんです。だけど、仕事で出かけなきゃいけないとなると、そういう時間はなくなるでしょう? しゃべる前の張り詰めた緊張の中では、つらいことも忘れますし、仕事が終わると、お客さんは喜んでくれる。そういうことは精神的にもとてもありがたかったですね。

声を出す職業ですから、声を正常に聞かせるということには、一番気を配りました。普通の人は、しゃべっていても30分ぐらいで声が弱くなるものなんです。けれど僕らの仕事では、1時間半しゃべりっぱなしということもありますから、それではいけない。ずーっと最後まで声が一定の張りを持ってなきゃいけないんです。笑わせることより前に、声に力がなくなったら、だれも仕事を頼んでくれませんから。

手術前と後に、テープに同じ落語を吹き込んで、友達に聞いてもらったりもしました。それで「大丈夫、どっちの噺が手術の前か後かわかんないよ」って言ってもらうと、「よしっ、やれるぞ」っていう勇気になりましたね。

ベストなタイミングで食べる木久蔵流ダンピング対策

写真:木久蔵さん自慢のきれいな歯

「胃をとっちゃったらなおさら歯は大切ですよ。これ、全部自分の歯なんです」木久蔵さん自慢のきれいな歯。

体のほうは、本当はつらかったですよ。胃を3分の2も取ってしまっていますから、ダンピング症状が起きるんです。ふらふらして、頭が真っ白になっちゃう。しゃべっても笑わせることができなくなっちゃうんですよ。

今は、仕事の1時間ぐらい前に、小さなおにぎりを2つと、チーズをひとかけら、必ず持っていて食べるようにしています。よく、胃を取ったら食事は1日6食、なんていわれますけれど、ただ単に6回に割るんじゃなくて、一番エネルギーを使う1時間前に食べる。

そのころあいがわかるようになるまでに、2年かかったんですよ。

今でも、お腹は空きますけれど、体重も戻りました。手術前は61キロあったんですが、手術後に51キロまで落ちたんです。そこから、徐々に戻って今は57キロぐらい。身長が162センチですから、だいたいベスト体重ですね。

今でも、年に4回、内視鏡検査を受けているんです。上(胃)からと下(大腸)からと両方。用心はしているんです。それから、時間ができるとハワイに家族と休養に行くんです。ハワイのアラモアナのショッピングセンターの裏に、病院とか歯医者さんばっかり40軒入っているビルがあるんですけれど、そこに内科と歯科とかかりつけ医を持ってるんですよ。だから、そこにも必ず行って、なにか心配なことがあれば相談するようにしてます。

よくね、ハワイだからこれがホントの「歯は胃~!」なんて言ってますけどね(笑)。歯はやっぱり気を遣っているんです。しゃべる仕事だからというのもありますけれど、胃がなくなっちゃったら、なおさら歯は大事で、しっかり咀嚼しなきゃいけないですから。


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