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患者のためのがんの薬事典

ドキシル(一般名:ドキソルビシン塩酸塩)
「エイズ関連カポジ肉腫」で承認され、卵巣がんへの適応拡大を申請中

監修:畠 清彦 癌研有明病院化学療法科部長
文:水田吉彦 日本メディカルライター協会(JMCA)
発行:2007年6月
更新:2014年2月

  
写真:ドキシル(一般名 ドキソルビシン塩酸塩)

戦争の話で恐縮ですが、ステルス戦闘機という名前を耳にされたことがあると思います。小さくコンパクトにまとめられた機体の表面には、特殊なペンキが塗られており、レーダーに捕捉されず、敵地深く侵入することができる特別な飛行機です。これとよく似た特徴を備える超微小カプセルが、医薬品としても実現されたことから、それを俗に「ステルス・リポソーム」と呼んでいます。本稿では、最初に超微小カプセル(入れ物)の説明をして、後半で薬剤(中身)のお話をしたいと思います。

ステルス・リポソームとは何か?

薬剤を超微小カプセルに封じ込めて、目的とする臓器や組織に送り届け、その場でゆっくりと薬剤放出させるアイデアは、すでに1960年代から研究が始められていました。その代表格が「リポソーム化」です。リポソームというのは、とても小さな油の粒であり、外側はリン脂質なるもので二重の膜構造(ヒトの細胞と同じ)を形づくり、中は空洞となっています。その空洞に薬剤を閉じ込めておけば、いろいろと便利なわけです。たとえば抗がん剤であれば、毒性が軽減されるとか、徐々に放出されて作用が長時間に及ぶといった具合です。

しかし、長年の研究を経ても、リポソーム化された抗がん剤の実用には至りませんでした。主に2つの問題がありました。1つめの問題、それはマクロファージです。マクロファージは細菌などの外敵侵入に備える白血球の1種ですが、リポソームは体内異物とみなされてマクロファージが食べてしまいます。これでは、がんに辿り着くことができません。何とかして、マクロファージに見つからない工夫が必要となりました。もう1つの問題は、リポソームの粒子径でした。がんの周囲に新しく生えてきた血管は、正常な血管に比べて木目が粗く、構成する細胞同士に隙間が空いています。リポソームはその隙間を通過できると思われましたが、実際には引っ掛かってしまい、がんに辿り着けません。そこで、微小なリポソームをさらに小さくする必要が生じました。

多くの研究者が、「マクロファージに捕まらないこと」、「血管を容易に通過できるほど小さくすること」を目標とし、リポソームの改良に取り組みました。その努力の結果、完成したのがステルス・リポソームです。カプセル表面には水と馴染みやすいポリエチレングリコール(通称PEG。ペグ・インターフェロンにも使われている)が配置され、マクロファージから生体異物として認証されなくなりました。さらには、超微小化に成功したことで、血管から外に出て、がんに辿り着けるようにもなったのです。

まずは、エイズ関連カポジ肉腫から承認

微小カプセルの実現によって、従来の抗がん剤に新たな役割が期待されつつあります。研究者は、ステルス・リポソームと呼ばれるこの超微小カプセルにいろいろな薬剤を封入して、今まで以上の効果を発揮させようと躍起です。そして最近、医薬品として承認されたのが「ドキシル」。ステルス・リポソームとしては、初の認可となりました。

ドキシルの超微小カプセルの中身は、一般名ドキソルビシンです。すでに協和発酵から、アドリアシン注射用として発売されており、昔から悪性リンパ腫、肺がん、消化器がん、乳がん、骨肉腫の治療に用いられてきました。そのアドリアシンを超微小カプセルに封入したわけですから、患者さんから見れば、アドリアシンの適応がん種にドキシルがそのまま使えると思われるでしょう。しかし、それは間違いですので、ぜひともご注意ください。アドリアシンとドキシルは成分が同じでも、前者が丸裸、後者が超微小カプセル封入。体内における移動の仕方が大きく異なり、効果も当然違うと予測されます。そこで各国とも、がん種ごとにドキシルの臨床試験をやり直している状況です。日本ではヤンセンファーマ社が、2007年1月に販売承認を取得し、2月1日から発売しています。1バイアル(20ミリグラム)当たり9万7488円です。これに引き続いて同社は、ドキシルにて卵巣がんへの適応拡大を申請したと発表しました。

[エイズ関連カポジ肉腫患者における有効性]

  未治療例(n=214)(注1 既治療例(n=35)(注2 合計(n=249)
奏効割合 54.70% 42.90% 53.00%
臨床的完全奏効(CCR) 3.30% 2.90% 3.20%
部分奏効(PR) 51.40% 40.00% 49.80%
安定(SD) 44.90% 57.10% 46.60%
進行(PD) 0.50% 0% 0.40%
奏効までの期間(中央値) 42% 44% 43%
奏効持続期間(中央値) 126% 119% 119%
(出典)医薬品添付書
注1)未治療例:全身化学療法による前治療なし
注2)既治療例:全身化学療法による前治療あり

思わぬ副作用に注意

さて、ドキシルが使用可能となったエイズ関連カポジ肉腫ですが、これはどのような病気なのでしょうか。少しだけ解説をします。カポジ肉腫は、エイズ患者における最も一般的な悪性腫瘍であり、しばしば斑点や盛り上がった青紫色の皮膚病変として現れ、大きくなって出血します。皮膚の粘膜が侵されるとリンパ節に影響します、消化管粘膜が侵されると消化管出血を来します。肺や肝臓を含む多臓器にも損傷を与えて、死に至ることがある病気です。

ドキシルは、こうしたエイズ関連カポジ肉腫に対して、2~3週間に1度の間隔で静脈内へ点滴投与します。動物実験では、超微小カプセルに封入することで、腫瘍組織への薬剤蓄積が10倍程度に高まったとも報告されています。海外の臨床試験では、従来の治療方法(ドキソルビシン+ブレオマイシン+ビンクリスチン)よりも優れていました。具体的な治療効果は、表に示すとおりです。また、超微小カプセルによって副作用も軽くなり、嘔吐や脱毛、心臓への悪影響が減っています。そのかわり、新しい副作用として、皮膚の潰瘍を生じることがあります。白血球などが著しく減ってしまう骨髄抑制は、理論上では軽減されるはずですが、実際にはどうなのかわかりませんから要注意。なお、医師には次のことが強く戒められています。『ドキシルをアドリアシンの代用として使ってはいけない。また、ドキシルをアドリアシンと同様の用法・用量で投与してはいけない』。このことを、よろしくご承知ください。


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