患者のためのがんの薬事典
ベルケイド(一般名:ボルテゾミブ)
世界初の作用機序を持つプロテアソーム阻害薬。多発性骨髄腫に有効
ベルケイドは多発性骨髄腫への有効性が臨床試験で認められた薬剤です。
既存の薬剤よりも効果が高く、副作用も比較的軽微であることが認められています。
多発性骨髄腫は、本来ならばウイルスや細菌と戦うはずだったある種の免疫細胞(形質細胞)ががん化してしまう血液がんの一種です。血液がんの中では、悪性リンパ腫に次いで2番目に多いがん種ですが、がん全般からみると約1パーセント(国内推定1万1000人)ほどの稀ながん種です。特に高齢者が発症する傾向にあり、腎不全を合併するなどして高い死亡率となり、5年生存率は約30パーセントとされています。現状の治療としては、抗がん剤とステロイドを組み合わせるMP療法やVAD療法、そして血液を造るもとになる細胞の移植(造血幹細胞移植)などが行われますが(表1参照)、ほとんどのケースで完治はなかなか難しいです。従って、治療の主たる目的は、QOL(生活の質)を落とさないことでした。
そうした深刻な状況を改善できるかも知れない画期的な新薬が、米国で承認されました。プロテアソーム阻害という新しい作用機序を持つ抗がん剤、ベルケイド(一般名ボルテゾミブ)がそれです。本章では、まずプロテアソーム阻害の大体の意味を理解した後に、臨床試験成績を振り返りたいと思います。
プロテアソームは、細胞内に不可欠な廃品回収屋
正常な細胞は、生存をするためと細胞分裂をしながら増えてゆくために、細胞自身の中で色々なタンパク質を作り出しています。そうしたタンパク質は役目を終えて無用となるか、または最初から不良品として作られたが故に使われず放置されたりしますが、細胞内には、そうしたゴミを回収して処分する“廃品回収屋”(プロテアソーム)がちゃんと存在するのです。廃品にはゴミと書かれた表札(ユビキチン)が貼られており、廃品回収屋はそれを目印に使える物とゴミを区別しています。これが、細胞内におけるユビキチン・プロテアソーム経路の大まかな概念です。
一方、勢いよく増殖を続けるがん細胞では、役目を終えたタンパク質や不良品のタンパク質が沢山できるため、廃品回収屋は大忙しです。この廃品回収屋は、細胞が増える際に必要な物質(NF-κB)も提供していることから、がん細胞には非常に大切な存在となっています。この廃品回収屋の働きを封じるために開発された薬剤がベルケイドであり、ベルケイドが作用したがん細胞では増殖ができないばかりか、ゴミとなったタンパク質が処分されずに蓄積するため、細胞そのものが自滅(アポトーシス)してゆきます。こうした新しい作用機序は、がん細胞への効果が期待できると同時に、正常細胞への害が少ないことから、副作用を減らせる抗がん剤だと考えられています。
まず再発・難治性の多発性骨髄腫から治験が始まった
ベルケイドは、静脈に注射します。1、4、8、11日目にそれぞれ投与して、その後10日間休薬する合計21日が1クール(治療の最小単位)とされ、効果や副作用をみながら何クールかを繰り返します。つまり、週2回の投与を2週間続けて1週間休むといったスケジュールが続くのですから、通院治療が可能となります。
を対象とした第2相試験)における生存曲線
(New England Journal of Medicine 2003;26:2609-2617より改変)
米国ではリチャードソンという医師が中心となり、まず深刻な患者さんを対象として試験的な投与(臨床治験)が行われました。第2相試験では、既に数種類の抗がん剤が使われ、効果のなかった人たち(再発・難治性多発性骨髄腫)に対して、ベルケイドのみを投与する単独療法が検討されました。治験症例数は202例であり、このがん種としては大規模なものでした。結果として、投与を受けた約1割の人たちにがん細胞の消失(完全寛解)、ないしはそれに近い状態が得られました(完全+部分寛解率10パーセント)。これに、がんの進行がくい止められた者までを含めると、全体の3割以上の人たちにベルケイドを投与した価値が認められました(「不変」を含む全ての奏効率は35パーセント)。また、何かしらの効果があった3割以上の人たちでは、生存期間が長くなっていました(図1参照)。
同じく再発・難治性多発性骨髄腫を対象とした第3相試験では、更に669例まで症例数を増やしてベルケイドの単独療法が検討された結果、同時に比較された既存療法(大量のステロイドを用いる)よりも効果が高く、副作用の少ないことが確かめられました(2004年6月にリチャードソンが発表)。
治らないとされていた多発性骨髄腫で、約1割の患者さんにがん細胞の消失(完全寛解)が認められたのは驚きですし、それ以外の患者さんにも生存期間の延長が期待できることは光明と言えるでしょう。投与を中止するような重度の副作用もわずかです(第2相の主な重篤副作用:血小板減少28パーセント、末梢神経障害12パーセント、好中球減少11パーセントなど)。
日本でも遠くない将来にベルケイドが承認されるよう、製薬企業や患者会が厚生労働省へ働きかけていると聞きます。大いに期待される画期的な新薬ですが、発売されてから判ることも多い抗がん剤ですので、医師や製薬企業、そして患者さんご自身が、この薬を慎重に見守り育てることが大切でしょう。
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