小さな町の小さな患者会から心の琴線にふれあう活動を
がん患者さんの心の声を代弁し、伝えていきたい
「顔と顔を合わせて、がんを抱える不安や苦しみを受け止めたい」。そんな思いから、地域に根ざした活動を続けているがん患者会シャローム。がん患者の、心の中に潜む小さな孤独や本音を分かち合い、そして発信している。
日本人の2人に1人ががんになるといわれる時代。言葉を換えれば、どんな小さな町でも数百人、数千人ものがん患者が同じ悩みを抱えて苦しんでいる。
そんな時代を反映するかのように、地域に密着した患者支援を続けている患者会がある。埼玉県の、人口5万人に満たない杉戸町を拠点として、活動に取り組み続けるがん患者会シャロームである。
ささやかでも確かな関係を築きたい
がん患者会シャローム代表の植村めぐみさん
「杉戸町という小さな町だけど、『ここに(身近な地域にも)患者会があるよ』と旗印をつけておけば、1人でも悩んでいる人が来てくれるかもしれない、と思いました」と、地域に密着したスモールサイズのがん患者会シャロームの代表を務める植村めぐみさんは話す。
「がん患者さんは『わかってもらいたい』『受け止めて欲しい』という思いを胸に抱いています。『苦しい』という訴えを家族が聞いてくれても、本当にわかり合えるのは同じ経験をした人なのです。がん患者さんは誰もが喜びや苦しみ、悲しみを分かち合える仲間を求めています」と植村さんは言う。
「元気な専業主婦」だった植村さん自身にがんが見つかったのは10年前の2000年春。
「私自身、がんと告げられたときには病院から自宅まで滂沱の涙を流しました。誰に相談したらよいかもわからず、治療やこれからの行く末を不安に感じていました。そんなとき、全国規模のがん患者会に入会し、また同時にインターネットを通じて患者仲間との交流を始めました。同じ経験をした人に出会ってどれだけ救われたことか。もっとも現実の闘病生活では、なかなか心の琴線にふれあうような経験はできません。そんなことから、ささやかでもいいから顔と顔を合わせて、互いに確かな関係が築ける患者会をつくりたいと考えたのです」
患者同士の交流が活動の原点
だけどそれまで普通の専業主婦として過ごしてきた植村さん。患者会を立ち上げるのは決して簡単なことではない。
「シャロームを発足しようと思った決意には3つの理由がありました。まず1つは抗がん剤治療で苦しむ親友のSОSに応えて病院を訪ねたとき、彼女の苦しみを分かち合うことができたこと。私が行ったからといって彼女の苦しみが軽減できるわけではないことはわかっていても、『私にはその苦しみがわかるよ』と手を重ねると、彼女は安心した表情を浮かべました。そんなふうに寄り添うことが、がん患者さんにとって、大きなサポートになることを実感したことです。
2つめが、私自身が患者会に参加して、それまで得られなかった連帯感を持つことができたこと。そしてもう1つ、ネットで知り合った友人を見舞ったときに『私も病気で苦しんでいる人を力づけたい』と告げられたことがあります。患者さん同士のふれあいを通して、ささやかでもいいから心のこもった活動に取り組みたいと考えるようになりました」と、植村さんは語る。
そして自身の治療がひと段落した05年、植村さんは同じ杉戸町に暮らす、やはりがん患者の友人とともに自身の主治医を招き、いきなり杉戸町の生涯学習センターで講演会を企画する。何の知識もないままにネットを通じて協賛企業を募り、近辺の友人・知人に参加を訴えた。それが現在は130名の会員を擁するシャロームのスタートだった。ちなみに現在も会員30パーセントは地元、杉戸町の在住者だ。
患者会発足後も植村さんは足繁く町役場に通い、患者会の重要性を訴え続けた。そうして町の広報に案内が掲載されるようになり、埼玉県立がんセンターや、近辺の病院に会の案内チラシが置かれるようになってからは、活動も軌道に乗り始めた。
身近にいるからこそ話せる悩み
シャロームの活動の中心になっているのは2カ月に1度、奇数月に開催される「患者の集い」だ。しかし、1昨年からはがんが再発・転移した患者を対象にした「さくらんぼの会」も偶数月に催し、さらに現在では「家族の会」「遺族の会」も適時、開催している。
実際の会では患者の体験やそれに付随する訴え、悩みを聞き、それに応える形で植村さんたちが医療や制度面に関する情報提供を行っている。あるいは地域密着型の患者会ならではの特色かもしれない。植村さんたちが行う情報提供は、ときに現実的で切実な色彩を帯びるという。
「金銭面や家族関係など、会員の訴えはシビアそのものです。最近ではある患者さんに社会保険労務士に相談する方法もあると情報提供したところ、発病段階に遡って数10万円もの障害年金が支払われたことがありました。30代の若い世代の患者さんの中には、医療費控除という制度があることも知らなかった人もいます」
また、そうした定例活動とは別にシャロームでは2年に1度、同じ杉戸町生涯学習センターの多目的ホールでがん医療の第一線で働く医療者による講演会も開催している。
これまで2度開催された講演会は地域密着型の日常の活動とは異なり、大きな視点で現在の医療の問題点がテーマにすえられており、いずれも定員299名満席の参加者が集まっている。08年の講演会のテーマは「日本の医療をよくしたい」というものだった。
「本当は傷ついている」患者の心内を伝える
このように植村さんたちは地域を基盤に1人ひとりのがん患者の声にじっくりと耳を傾けてきた。最近になって、そうしたこれまでの積み重ねが、新たな活動につながり始めている。
「がん患者さんに対して『配慮してほしい言葉』というのをまとめ、ホームページに紹介しています。励ますつもりでかけた言葉でも、患者さんにとってはその言葉で傷つき、心を痛めていることは少なくありません。患者さん側も過敏になっている場合もありますが、すべてひっくるめてそれががん患者なんです。だけど患者たちのそんな心の内を伝える機会はなかなかありません。だから、患者たちのそんな心の声を代弁し、発信していきたいのです」
たとえばそれは、「頑張ってね」「何で病気になったんだろうね」など、何気なく使ってしまうような言葉だ。ほかには「若いのに、かわいそうね」「人はいつ死ぬかわからないから皆同じよ」など19例が挙げられている。
「不用意な一言が、がん患者に負担を与え、知らないうちに心を傷つけています」と植村さんは話す。
「また一般の人たちだけでなく、がん治療に取り組んでいる医療者にもなかなかそういった患者さんの本音が理解してもらえません。そこでがん患者の思いを医療者の方たちにも伝えていきたいのです」と、植村さんは話す。
そうした活動の一環として、09年8月、国立がん研究センターで行われた第5回医学生・研修医のための腫瘍内科医セミナーで、講師の1人であった植村さんは、「若手医師、研修医に伝えたい患者の思い」というテーマで登壇し、「患者に優しい眼差しを注いでほしい」「患者の話を遮らないでほしい」「まず苦痛の訴えを受け止めてほしい」「患者にわかりやすく、平易な言葉で説明してほしい」――など28項目の患者の思いを挙げて伝え、日常、医療者になかなか伝わらない患者の本音を伝えた。
こうした活動も1人ひとりの患者と濃密につながりあってきた地域密着型の患者会ならではといえるかもしれない。
心触れ合いながら交流していきたい
植村さんたちは地域を基盤にふれあい、支えあい、助け合う濃密な患者支援活動を展開し続けてきた。それはたとえばインターネットを通しての言葉のやりとりによる患者同士の交流などとは性質をまったくことにするものだ。
「もちろんインターネットにはインターネットのよさがある。多くの人と交流を持てることもそうだし、遠方の人とやりとりできる利点もあります。しかし私たちは小さな集まりで患者さん同士が、互いの声を聞き直接、肌をふれ合うことでより深く理解し合いたいと願っているのです」
植村さんはシャロームのような町単位のスモールサイズで地域密着型の患者会が日本全国に出現することに期待している。
「無数の小さな患者会が互いに協力し合い、連動することで日本のがん医療もよりよい形になっていく可能性もあるでしょう。そのために私たちの活動をサンプルにしてもらえればと願っています」
小さな町に誕生した小さな患者会――。しかし、その活動が大きなうねりとなって日本のがん医療に影響をもたらすかもしれない。