臨床試験は延命が期待できるか

回答者:上野 秀樹
国立がん研究センター中央病院 肝胆膵内科医師
発行:2010年5月
更新:2013年11月

  

父(54歳)のことで相談です。3年前に膵尾部にがんが見つかり、切除しました。腺がんであったことから、補助化学療法としてジェムザールを6カ月受けました。去年の9月に、大きさ2.2センチの肝転移が発見されたため、ステージ(病期)4Bとなり、ジェムザールでの治療を再開しました。しかし、今年の2月上旬に受けたCT検査で、肝臓にもう1つ腫瘍が見つかりました。主治医からジェムザールが効かなくなったことを告げられ、TS-1とエルプラット(一般名オキサリプラチン)を併用する臨床試験に参加しています。次の2点をお聞きします。

(1)ステージ4Bの膵がんの場合、臨床試験には進んで参加したほうがよいでしょうか。延命は期待できますか。

(2)主治医からは、TS-1とエルプラットの併用療法が効かなくなった場合、それ以上使える抗がん剤がないと言われています。もし現在の治療が無効になったら、転院して、未承認の抗がん剤治療を受けると、延命を期待できるのでしょうか。

(奈良県 女性 26歳)

A 臨床試験は必ずしも標準治療より優れているとは限らない

多くのがんでは、それまでに行われたさまざまな臨床試験の結果からエビデンス(科学的な根拠)が導かれ、標準治療が決められていきます。がんの治療を受ける際には、ご自分の現在の病態に対する標準治療が何であるかをまず把握することが重要です。

たとえば、膵がんに関しては、ステージ1~4Aまでで切除可能と判断された場合は、手術を受けることが標準治療であり、最近ではさらに、術後の状態が良好なら補助化学療法としてジェムザールを一定期間(6カ月間のことが多い)受けることが標準治療とみなされています。

一方、切除不能な進行膵がんに対しては、ジェムザールによる化学療法をファーストライン治療として行うことが標準治療とされています。

しかし、すべての病態に対して標準治療が存在するわけではありません。また、標準治療が必ずしも十分に満足のいく結果に結びつかないことも現実にはあります。そのような状況に対して、よりよい治療を開発し、提供することを目的として、臨床試験が行われています。

膵がんに関しては、標準治療が確立していない病態である「ジェムザールが効かなくなった進行膵がん」はもちろんですが、どのステージにおいても標準治療が必ずしも十分に満足できる結果とはならないため、さまざまな臨床試験が積極的に行われています。

そのような意味では、「ステージ4Bの膵がんの場合、臨床試験には進んで参加したほうがよいでしょうか」という(1)のご質問に対しては、「標準治療をしっかりと理解した上で、臨床試験(試験治療)の情報を収集し、検討することは、この病態に対しては適切なことだと考えます」というお返事になると思います。

しかし、ここで注意しなければいけないのは、試験治療は標準治療よりも優れていることが期待されている治療ではあるけれど、優れていることが実証されている治療ではないという点です。したがって、やみくもに試験治療を受ければよい、といった考えには賛同できません。

がんの治療には通常、副作用といったマイナス要素も伴いますし、期待されていた試験治療の効果が、いざ臨床試験を行ってみたら証明されなかったということも決して珍しい話ではありません。そのため、試験治療を受けるか受けないかは、担当者から安全性や効果についてしっかりと説明を受け、十分に理解・考慮した上で、患者さん自身の意向で決定することが大切です。

ご相談者のお父様は、切除可能な膵がんに対する標準治療(切除+補助化学療法としてのジェムザール)と、再発膵がんに対するファーストライン治療としての標準治療(ジェムザール)を受けてきて、ジェムザールに抵抗性となり、標準治療がなくなったため、臨床試験に参加してセカンドライン治療(TS-1+エルプラット)を受けている状況です。

海外で行われたセカンドライン治療の臨床試験では、TS-1の主要代謝物である5-FU(一般名フルオロウラシル)やエルプラットの効果が示唆されている(ただし、エルプラットは膵がんに対して未承認)ので、まずは副作用に注意しながら、この治療を継続していく方針でよいと思います。

問題は、(2)のご質問にあるように、TS-1やエルプラットによるセカンドライン治療が効かなくなった場合で、このような病態に対しては、残念ながら、今のところ明らかな効果が証明された治療はありません。

分子標的薬のタルセバ(一般名エルロチニブ)は、ファーストライン治療としてジェムザールとの併用で使用された際に延命効果が示されました(日本では膵がんに対して未承認)が、その改善度はわずかで、今回のようなジェムザール無効例に対する効果は認められていません。それ以外の未承認の抗がん剤に関しても、現時点では推奨するだけのエビデンスがありません。

膵がんでは、セカンドライン治療が無効になると、食欲低下や倦怠感、腹水などが出現して全身状態が悪化することが多いため、そのような場合は、これ以上、抗がん剤治療を行うことはおすすめできません。無理せず、がんに伴う苦痛を和らげる緩和治療に専念し、QOL(生活の質)を重視した治療方針に切り替えることが適切と考えます。

一方、セカンドライン治療が終了した後も、全身状態が良好で、かつ患者さん自身が積極的な治療を希望された場合には、既述した現状をしっかりとご理解いただいた上で、第1相試験などの新薬の臨床試験への参加を検討する選択肢が考えられます。

以上のことなどから、ジェムザールやTS-1などの抗がん剤が効かなくなった膵がんに対しては、まだ推奨できるようなエビデンスのある抗がん剤治療は今のところありません。状態のよくない方やQOLを大切にされたい方は緩和治療を、積極的な治療を希望される方は新規抗がん剤や免疫療法などの臨床試験に参加されているのが現状です。

積極的な治療を希望される場合には、セカンドオピニオン外来などを利用して第3者の意見を参考にするのもよいでしょう。

同じカテゴリーの最新記事

  • 会員ログイン
  • 新規会員登録

全記事サーチ   

キーワード
記事カテゴリー
  

注目の記事一覧

がんサポート12月 掲載記事更新!