子宮頸がん
予防ワクチンにまつわる問題点を探る

文:諏訪邦夫(帝京大学幡ヶ谷キャンパス)
発行:2010年7月
更新:2013年4月

  

すわ くにお
東京大学医学部卒業。マサチューセッツ総合病院、ハーバード大学などを経て、帝京大学教授。医学博士。専門は麻酔学。著書として、専門書のほか、『パソコンをどう使うか』『ガンで死ぬのも悪くない』など、多数。

子宮頸がんはヒトパピローマウイルス(HPV)が大きな原因で、その予防ワクチンが実際に使われ始めました。そこまでは知っていましたが、2010年3月になって、一部の方々が「国庫補助を」と訴えているテレビ報道があり、もう少し情報が欲しいと考えてネットを調べました。

優れた情報が見当たらない?

がんの問題では、一般的には国立がん研究センター・癌研有明病院・各地のがんセンターが優れた情報を提供しています。ところが、2010年3月の時点では、こうした施設がこのテーマに関する情報を提供している例が見つかりません。情報発信しているのは、ジャーナリズムと小さな病院だけです。

私が欲しい情報は「ワクチンの解説」で、もう少し詳しいメカニズムを知りたいです。HPVは種類が多いようですが、子宮頸がんを起こすのはそのうちの何種類か、子宮頸がんの中にHPVで起こるものがどの位で、そうでないものがどの位で、その比率はどうかも知りたい点です。現行のワクチンについて、費用・効果の持続、副作用と合併症など、できるだけ情報が欲しいです。

ワクチンは私の見た病院はどこも3回接種で、合計4万5千円がふつう(鳥取市立病院、ホームページ参照)。癌研有明病院も接種は行うと述べていますが、内容は説明せず、なぜか10万円と他より高価です。ともあれ、この金額は調べる前に予測したより高価でした。そのため、「国庫補助が欲しい」という声が挙がるのでしょう。

意外に感じたのは、上記の頁はすべて「効果は一生続くわけではないので、がん検診は必要」と書いてあった点です。検診を続けるのか、あるいはワクチン接種を反復すれば効果が得られるのかといった情報は見つかりません。効果の持続の記述が5~20年と幅があり、ワクチン自体が新しいためか情報が曖昧と推測します。

社会の負担と性感染症の意味と

対象者1人の費用はわかりましたが、年齢を区切って、たとえば「12歳の女性全員に施行」すると想定して金額を計算してみます。この想定で毎年55万人がこの年齢に達したとすれば、1人4万5千円を掛け算して、毎年250億円を社会が負担することになります。1回だけでなくて毎年です。私は巨額と感じますが、効用から見れば割に合うかもしれません。

HPVは性交で感染します。その種の性感染症に国費を投じるのなら、淋病や梅毒の予防策を国費でまかなうのと等しいことになるので、疑問を投げる向きもあるかもしれません。

一方で、「メタボ症候群でも肥満でも高血圧でも、各種の病気には自己責任の部分は必ずあるけれど、その治療は健康保険でカバーするのだから、性感染症も同じ扱いでよい」という議論もありました。

実際、治療に関してはその通りなのに、子宮頸がん予防ワクチンの接種は健康保険がきかず、それだけに「国費を」という注文になっています。

ソークワクチンとセイビンワクチン

ワクチンに関係する費用と効果の問題を検討していて、1950~60年代にあったポリオ()ワクチンに関係する問題を思い出しました。ポリオウイルスの培養成功は1949年で、1937年生まれの私は当時中学生でした。そのわずか5年後の1954年には、培養に貢献したエンダースらがノーベル賞を受けています。

この技術を使って、間もなく「ソークワクチン」(死菌ワクチン)がアメリカでできましたが、当時の費用で1人当たり数万円もしたため、公衆衛生的には到底使えず、一部の富裕層だけが独占しました。

日本では1950年代までポリオが蔓延しましたが、1956年ころから廉価な「セイビンワクチン」やその他の生菌ワクチンができて、1960年ころから日本でも使われるようになり、ポリオは数年で消滅しました。ポリオワクチンの価格は1人分100円以下で、貧しかった当時の日本でも使用は容易でした。

日本でのポリオの発生は、1970年以降ゼロです。生菌ワクチンは現在も使われ、費用は接種の手間の料金も含めて1人当たり千円未満と見込まれます。

ポリオ=ポリオウイルスが中枢神経を侵すことで手足が麻痺する病気。小児麻痺とも呼ぶ

子宮頸がん予防ワクチンの場合

ポリオの場合、ウイルスが何種類かあって培養もワクチン製造もむずかしかったと思われます。子宮頸がんを起こすHPVはポリオウイルス以上に種類が多そうで大変でしょう。しかし、一方でその当時から50年以上も経過し、技術も進んで当然で、もっと廉価な方法がないとも考えにくいことです。費用もそうですが、効果がどの程度か、持続期間、それに副作用と合併症を見極める努力も必要です。

兵庫県明石市新潟県魚沼市など一部の自治体が、「公費で全額補助」を試みています。それ自体はけっこうですが、効果の持続、副作用と合併症、その他もろもろのデータをしっかりとって欲しいと思います。それは公の活動への責務です。

ワクチンに限らず、新しい手法では副作用・合併症が必ず起こります。認可まで検討するのは100例とか、せいぜい千例のレベルに限られ、1万例に1例、10万例に1例しか起こらないまれな副作用・合併症は認可の段階ではわかりません。そういう問題は、実際に使用してはじめてわかります。

国立がん研究センターの病院長が、「子宮頸がん予防ワクチン公費助成」を唱える団体の発起人共同代表になって、シンポジウムで解説しています。彼は外科医ですが、国立施設の責任者ですから、費用も含めて上記の評価面も考慮した情報を提供して欲しいと考えます。しかし、講演の要約ではそうした点に触れていません。

現在はごく少数ですが、これから数多い自治体が争って「全額補助」を打ち出すようになり、あとで「こんなはずではなかった」と後悔しないためにも、このワクチンに関する情報がもっと必要です。

国立がん研究センター・癌研・各地のがんセンターなどがこのテーマに関して明確な態度を示していないのは、好意的にみれば「現時点での評価は無理」として様子を見ていると解釈します。一方で沈黙されていると一般の人は知りようがないので、できるだけ情報を出して欲しいとは思います。

現行のワクチンは高価なので、安くて良いものができる可能性なども含めて、そうした議論を知りたいものです。ソークワクチンに対するセイビンワクチンの場合と同様に、子宮頸がん予防ワクチンも数万円でなくて数千円のレベルになると受け入れやすいでしょう。

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