患者のQOL向上のために進歩する、再発大腸がんの抗がん剤治療
大腸肛門外科教授の
鎌野俊紀さん
進行・再発した大腸がんを根治させるのは、今の技術ではなかなか難しい。
だからといって、何も手を打たずにいれば、症状はどんどん悪くなる。
そこで、がんの進行を抑えるために抗がん剤治療が行われる。
しかし、この抗がん剤治療によってQOLが低下するのでは本末転倒だ。
なんとかQOLを維持したまま、抗がん剤治療を続けることが重要となる。
大腸がんの再発治療に熱心にとりくむ順天堂大学医学部では工夫を重ね、 抗がん剤治療を施しているという。大腸肛門外科教授の鎌野俊紀さんを訪ねた。
順天堂大学医学部付属病院順天堂医院の大腸・肛門外科(鎌野俊紀教授)では年間約200件の大腸がんの手術を行っている。そのうち、70パーセントほどは進行大腸がんである。進行大腸がんに対する順天堂医院大腸・肛門外科での術後5年生存率は好成績を誇る。しかし、大腸がんは肝臓や肺に転移しやすい。とくに肝転移は、全大腸がんの20パーセントで起こる。順天堂医院大腸・肛門外科で手術を受けた患者の中にも、残念ながら再発するケースもある。
鎌野さんは、再発・転移大腸がんで手術のできない患者に対し、患者のQOL(生活の質)を重視し、99年から外来で少量の5-FU(一般名フルオロウラシル)とシスプラチン(商品名ランダ、ブリプラチン)を用いた「少量FP療法」と呼ばれる化学療法に取り組んできた。
抗がん剤の副作用を軽くして治療を継続し、がんとの長期間の共存を目指した化学療法である。がんの化学療法に新風を入れた化学療法として注目され、かなり普及したようだ。
鎌野さんは、さらに患者のQOLを向上させるために、数年前から外来でTS-1(一般名テガフール・ギメラシル・オテラシル)にシスプラチン、イリノテカン(商品名カンプト、トポテシン)、パクリタキセル(商品名タキソール)などを加えた新しい化学療法をスタートし、好評を得ている。
FP療法からTS-1隔日療法へ
TS-1は5-FUの効果を高め、副作用を少なくするために北里大学客員教授の白坂哲彦さんらによって開発された飲み薬(カプセル剤)で、結腸・直腸がんと胃がん、頭頸部がんの治療に用いられている。カプセルの薬を飲むだけでよいため、入院の必要がなく、患者の負担は軽くなる。
鎌野さんは、患者のQOLを考慮して、少量FP療法で用いる5-FUを飲み薬のTS-1(隔日投与)に切り替えた。
少量FP療法で使っていたシスプラチンはそのまま併用し、さらに治療効果を高めるために、患者の症状に応じて、イリノテカンをプラスすることにした。イリノテカンは、いくつかの比較試験で大腸がんに対する有効性が報告されている。いわば、少量FP療法を進化させた「TS-1(隔日投与)を中心にした新しい化学療法」によって、順天堂医院大腸・肛門外科では再発・転移大腸がん患者のQOLの一層の改善と向上に成功しつつある。2つのケースを紹介しよう。
少量FP療法 | TS-1を中心にした新しい化学療法 | |
---|---|---|
抗がん剤 | 5-FU(少量) シスプラチン(少量) | TS-1(カプセルの飲み薬。1日置きに服用) シスプラチン(少量) イリノテカン(少量) |
外来通院日数 | 週2回 | 週1~2回 |
治療成績 | 1年生存率90.9% 2年生存率31.8% | 少量FP療法と同等と予想される (未集計) |
治療の目的 | QOLの改善・向上 ロングNC(6カ月以上の不変) | QOLの改善・向上 ロングNC(6カ月以上の不変) |
副作用 | 抗がん剤少量使用のため少ない | 抗がん剤少量使用のため少ない |
特徴 | リザーバーシステムを使用 5日間連続で携帯するため、少しわずらわしい 自宅で生活でき、仕事も可能 入院治療よりも医療費負担が少ない | 飲み薬を使用するため、治療の負担が少ない 少量FP療法よりもQOLの改善・向上が期待できる 自宅で生活でき、仕事も可能 入院治療よりも医療費負担が少ない |
家庭で普通に生活ができて入院費も不要
Aさん(60歳代・女性)は、S状結腸がんと診断され、02年2月、順天堂医院大腸・肛門外科でS状結腸の切除手術を受けた。ほぼ同時期に肝転移も見つかり、肝切除も行った。さらにその後、小さな肺転移も見つかり、少量FP療法で進行を抑えることにした。
順天堂医院大腸・肛門外科では99年から持続注入ポンプを用いた少量FP療法を行ってきた。Aさんは02年6月から2週間入院。局所麻酔下で前胸部を2~3センチ切開し、皮下にリザーバーと呼ばれる小さな袋のような金属の器具を埋め込んだ。リザーバーは鎖骨下静脈に入っている細い管(カテーテル)につながっている。埋め込んだ部分はコブのように少し膨らむ。それを目印に針を刺して、携帯用のポンプを用いて5-FUを5日間持続的に注入(体表面積当たり1日300ミリグラム)して2日間休む。この2日間はリザーバーに刺した針を抜いているから比較的自由に生活できる。シスプラチンは週2回、7ミリグラムずつ腕から点滴で注入。1回30分間ほど。これを繰り返すのが少量FP療法である。
退院後、Aさんは週2回(月・木曜日)、外来通院して治療を続けた。一時的に完全奏効(CR=すべての病変の消失)になるほど有効だった。幸い、抗がん剤による副作用もほとんどなかった。
しかし、04年7月に肺転移が再発。今度は、TS-1とシスプラチン、イリノテカンの3剤併用療法を受け始めた。TS-1は1日置きに朝晩、食後に服用。週1回、外来に通院して、シスプラチン(少量FP療法と同じ量)とイリノテカン(通常よりも少ない量)の点滴を受けている。
通院日は午前8時半頃、外来を訪れて血液検査を受ける。午前9時半頃、白血球や血小板、腎機能などの検査結果が出る。その結果をチェックして、担当医は抗がん剤治療の是非を判断する。体調が良好な場合には化学療法が行われる。シスプラチンの点滴は約30分、イリノテカンは90分ほど。外来ですべての治療が終わるのは昼過ぎ。Aさんが治療に費やす時間は週1回の半日だけになり、少量FP療法のときの週2回よりも治療時間は少なくなった。
また、少量FP療法では5-FUを5日間持続注入するために、リザーバーに針を刺していなければならず、何かと不自由で煩わしさを感じていた。持続注入中の5日間は、お風呂も胸から下までしかお湯に入れられなかった。しかし、新しい併用療法を始めてからは、リザーバー装着による不自由さと煩わしさから解放され、入浴も毎日できるようになった。通常、TS-1は1日2回(朝晩)を28日間(4週間)毎日飲み続けて、その後14日間(2週間)休むという服用を繰り返す。毎日飲み続けた場合、全身の倦怠感や下痢、腹痛、手足の爪が黒くなる色素沈着などの副作用が報告されている。それらの副作用を抑えて、長期間飲み続けられるようにと、鎌野さんは、最初からTS-1の隔日投与を行うことにした。
「外来でのTS-1の隔日投与による副作用はこれまでほとんど出ていません。入院治療は医療費もかかり、生活の自由も奪われます。外来通院だけで、家庭で普通に生活ができる期間をなるべく長くすることが目標です」と鎌野さん。
Aさんは現在もTS-1の隔日投与を中心とした新しい化学療法を受け続けている。その後の治療経過はきわめて順調で、充実した日常生活を送っている。
QOLを重視してTS-1を中心にした抗がん剤を投与
Aさんは少量FP療法を受けた後で、TS-1の隔日投与を中心にした新しい化学療法にチェンジした。しかし、最近ではBさんのように、最初からこの新しい化学療法を始めるケースが多い。
Bさん(60歳代・男性)は、03年3月、直腸がんと診断されて、順天堂医院大腸・肛門外科に入院した。肝転移も見つかったが、直腸だけを切除する手術を受けていったん退院した。肝転移は切除可能な大きさだったため、再入院して肝切除をした。その肝切除から3カ月後、また肝転移が見つかり、2回目の肝切除を受けた。さらに、04年4月頃、今度は肝転移と肺転移がほぼ同時的に再発した。手術で切除は難しいとのことで、外来通院で化学療法を受けることになった。
自宅でTS-1を1日置きに朝晩2回ずつ飲み始めた。そして、週1回、外来でシスプラチンの点滴治療も受け始めた。現在もこの治療を継続し、がんの進行を抑え込んでいる。
「肝転移や肺転移の場合、手術で切除が可能な場合には切除をします。手術による切除が第一選択です。幸い、順天堂医院には肝転移と肺転移の病巣を上手に切除できる技術水準の高い外科医がいます。かなり積極的に切除を行っています。切除が難しいと思われる場合には、最近では患者さんのQOLを重視して、TS-1(隔日投与)を中心にした化学療法を第一選択にしています」(鎌野さん)
順天堂医院大腸・肛門外科を訪れる大腸がん患者の中には診断時に、すでに肝臓と肺に転移したケースも少なくないという。
そんな場合にも外来通院でTS-1(隔日)を中心とした抗がん剤治療を選ぶことが多い。
従来の少量FP療法と同等の手応え
ここ数年間で、順天堂医院大腸・肛門外科ではTS-1(隔日投与)を中心にした化学療法を約25例行っている。第一選択は、TS-1(隔日投与)とシスプラチンの併用療法で13例に実施。第二選択はTS-1(隔日投与)にシスプラチンンとイリノテカンを加えた3剤併用療法で12例ほど。イリノテカンには吐き気などの副作用があるため、患者の状態によって使い分ける。
「治療成績については、まだ正確に報告できる段階ではありません。従来の少量FP療法とほぼ同等の治療成績が得られるのではないかと予想しています。
ただし、TS-1は口から飲むだけでよいのですから、患者さんのQOLは確実に向上しています」(鎌野さん)
順天堂医院大腸・肛門外科での進行・再発大腸がん18例に対する少量FP療法の治療成績は、1年生存率90.9パーセント、2年生存率31.8パーセントであった。また、CR(がんが消失)0例、PR(がんが縮小)2例、NC(がんの大きさが不変、進行が止まった)14例、PD(がんが進行している)2例で、NC以上の割合は88.9パーセントだった。TS-1(隔日投与)を中心にした新しい化学療法でも同等の治療効果が期待できそうである。
現在、欧米先進国では再発大腸がんに対する化学療法は革命的な進化を遂げつつある。5-FUとロイコボリンカルシウム(商品名ロイコボリン)、オキサリプラチン(商品名エロキサチン)の3剤併用療法(FOLFOX療法と呼ぶ)による奏効率(がんが治療前に比べて半分以下に縮小した状態が4週間以上続いた割合)は40~50パーセントになった。さらに、分子標的治療薬のべバシズマブ(商品名アバスチン)、セツキシマブ(商品名エルビタックス)という新しい薬の登場で治療成績を向上させている。残念ながら日本ではオキサリプラチン(来春までに承認される見込み)やべバシズマブ、セツキシマブは未承認で使用できない。
「当科では患者さんのQOLを重視し、ロングNC(6カ月以上不変)を目標に化学療法に取り組んできました。
今後、オキサリプラチンが承認されたら、イリノテカンの代わりに使用してみたいと考えています。欧米での最新の化学療法を参考に、さらに化学療法の進化と改善に取り組みたいと思います」と鎌野さんは語る。
*プライバシー保護のため、文中のAさん、Bさんの症例は実際のものと変えてあります
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