もっと知って欲しい。痛みを取る治療はたくさんあることを
痛みは、我慢するのが美徳ではない。きちんと訴えていこう
かわごえ こう
ホームケアクリニック川越院長。1947年山口県生まれ。東京大学医学部卒。茨城県立中央病院産婦人科医長、東京大学講師、白十字診療所在宅ホスピス部長を経て、1994年より6年間、賛育会病院長を務め退職。2000年6月、自らのクリニックを開業すると同時に、在宅ケア支援グループ・パリアンを設立。在宅ホスピス協会顧問。聖マリアンナ医科大学客員教授。帝京大学医学部非常勤講師。著書に『生と死のはざまで』など多数あり
うちだ えいこ
NPO法人ブーゲンビリア代表。1994年1月、乳がんで手術、化学療法。95年12月、乳房再建手術。1988年、患者会「内田絵子と医療を考える会」を立ち上げ、代表に。がん患者団体支援機構副理事長。著書に『メイド・イン・シンガポールのおっぱい』『おっぱいが二つほしい』
はっとり せいじ
国立がん研究センター中央病院緩和医療支援チームリーダー。1967年神奈川県生まれ。1992年大分医科大学医学部卒業後、同麻酔科医局勤務。2000年米国メモリアル・スローンケタリングがんセンターに留学し、2001年より大分大学がん性疼痛管理を主軸とした緩和医療を展開。2006年10月より現職に
すずき あつこ
フリーの看護師。2003年1月、肺腺がん4期の診断。ゲフィチニブによる治療で腫瘍縮小。その半年後、再び腫瘍増大、脳転移。脳転移に対してエックスナイフによる治療、肺の腫瘍には手術。その後、再び脳に再発。開頭手術を受ける。肺がんの患者会「カイネゾルゲン」でも活躍。
疼痛治療で大きく遅れている日本
編集長 がんの疼痛緩和医療に関して、患者さんと医師の方々に話し合っていただこうという企画です。まず鈴木さんと内田さんから、ご自分の体験を話していただけますか。
鈴木 私は肺がんで手術を受けています。4期の肺がんでしたから、普通なら手術はしませんが、イレッサで腫瘍が小さくなったので、賭けに出て手術に踏み切りました。脳の転移にはエックスナイフ(放射線治療の一種)を受けています。慢性疼痛はないので、痛みに関する経験というと、手術後の痛みですね。これには苦しみました。
内田 私は乳がんです。1992年から3年間、シンガポールに滞在し、94年に手術しました。シンガポールで手術を受けてよかったと思うのは、そこには患者の決定権をサポートする患者主体の医療があったからです。痛みに関しては、肉体的、精神的な不安や痛みに対しても、とても気づかってもらえました。
編集長 医療者側からは、在宅での緩和医療に深く関わっていらっしゃる川越先生と、国立がん研究センター中央病院で疼痛治療に取り組んでいる服部先生に参加していただきました。
川越 僕は今年で還暦なんですが、医者になってから前半の17年間は、がん治療の専門医として働き、後半はホスピス医、特に在宅でのホスピスケアに専念しています。自分でもがんの経験があって、39歳のときに大腸がんで大きな手術を受けています。去年は家内が悪性腫瘍になりまして、患者自身と家族の経験があるわけですね。がんの緩和ケアに当たる医者として、患者さんやご家族に近い立場がとれると思っています。
服部 現在は国立がん研究センター中央病院で、緩和ケアチームのリーダーをやっています。麻酔科医として、集中治療医を目指していた時期があったのですが、2000年に米国留学した際、メモリアル・スローンケタリングがんセンターを長期臨床見学させてもらう機会がありました。そこで疼痛コントロールを見たのが方向転換のきっかけです。がんの痛みに対する治療が、日本ではすごく遅れているのを実感しまして、最先端の疼痛治療を日本に持って帰らなければと思ったわけです。01年から疼痛管理、特にがんの痛みに対する臨床を行っています。
孤独が痛みを増幅させる
編集長 鈴木さんの痛みの経験を、具体的に話していただけますか。
鈴木 手術の後、痛み止めの注射が使えなかったんです。実は、エックスナイフを受けるときに、ソセゴン(一般名ペンタゾシン)という薬の注射をしたのですが、そのときに幻覚が現れてとても怖い思いをしました。それで、その注射は使いたくないと言ったものですから、手術後の痛みがひどいときも坐薬だけでした。そうして、地獄のような一夜を過ごしてしまったわけです。
内田 私自身は乳がんの手術では痛みを感じませんでした。ただ、月3回のおしゃべり会では痛みに関して、よく話題になります。痛み、苦痛などの不快感に対しては、きちんと訴えていこう、言葉、手紙、メモなどで表現していこうと話しています。
鈴木 痛みには、孤独であることが関係しているような気がします。患者が孤独な状態に置かれることが、痛みをひどくしてしまうように思えるのですが。
内田 患者が1人で痛みや恐怖に耐えていくのは難しいですね。医療者、看護師、薬剤師、患者団体などが連携し、患者を支えていくサポートシステムがとても大切だと思います。
川越 私が治療を専門にする医者だったころ、時代が古いこともありますが、患者さんの痛みに対して十分に目を向けていなかったと思います。がんを治すことが第1なんだから、患者さんは少々苦しい思いをしても仕方がないんだ。極端に言えば、そういう考え方が、当時の常識としてあったと思います。今は、そういう考え方の反省に立って、がんの治療が始まったところから、疼痛緩和も始めなければ、ということになっていますが。
先の見通しが見えないと不安が膨らむ
服部 先ほどの鈴木さんの手術後の痛みですが、海外ではソセゴンは使わず、その代わりに、モルヒネ、オキシコドン、フェンタニルなど、医療用麻薬による疼痛治療が当たり前に行われています。それで痛みを取ることができますが、日本では行われないんですね。
鈴木 痛いときに、この先どうなるかわからないと、どんどん不安が膨らんでしまいます。患者にとっては、どうなるかわからないこともつらいんですね。
内田 患者が痛いと訴えると、「様子見しましょう」という言葉がよく返ってきます。患者は十分つらいのにさらにじっと耐えることになるわけです。そんなとき、「こうなるまで様子を見ましょう」とか、「1時間だけ様子を見ましょう。見守っていますからね」というように、先の見通しを立ててくれたり、寄り添ってくれる言葉かけで、だいぶ救われるような気がします。
川越 先の見える様子見なら、患者さんの精神状態はかなり違いますね。
服部 痛みの治療では、まだいくらでも方法があります、と僕らは言います。飲み薬でも、貼り薬でもだめだったとしても、それでもまだ方法はいっぱいあるのです、という話をします。そういう話をしていると、患者さんが不安でなくなるのですね。それによって、ご自分の痛みに対して、感情的にならずに、客観的に評価できるようになります。
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