ドイツがん患者REPORT 67 パンデミックがEUの問題を明るみに

文・イラスト●小西雄三
発行:2020年5月
更新:2020年6月

  

懲りずに夢を見ながら」ロックギタリストを夢みてドイツに渡った青年が生活に追われるうち大腸がんに‥

Knstliche Intelligenz ――頭文字をとってKI、英語ではAI(Artificial Intelligence)のことです。日本語にすると人工知能。子供のころからSF小説が好きだった僕は、人工知能という言葉にすごく親しみを覚えます。「未来では、人工知能を持ったロボットが何でもしてくれる」というのは、SF小説のごく当たり前のストーリーでした。しかし、AIと言われても何かピンときません。

革新的技術がEUの新規制で認可されない⁉

国営放送ARDの「Plusu Minus」というテレビ番組で、2019年11月19日に放送された話です。

「大人になる頃には、人工知能を持ったアンドロイド、いやサイボーグ? が人間の代わりに働いている」という未来像を、子どもの頃持ったものでした。しかし、半世紀近く経った現在も、まだ実現してはいません。それでも、工場などでロボットによる操業で無人化が進んでいて、着実にそういう未来は見えてきています。

例えば、医師が、実際に画像を見て診断するのは解析専門のアナリストでしょうが、CT画像を注意深く見て腫瘍を発見し、診断を下す。しかし、その前にAIが画像をチェックして、その診断を確実なものにする開発が進んでいます。ところが、そういった多くの開発が、EU(欧州連合)の新規制によって認可されないということがいま起こっています。

開発している技術者や会社はトンネルの中にいるような気持ちだと言っています。「もう少しで出口」という標識は見えるのですが、トンネルの出口からの光が全く見えない、という状況です。

AIによる手の動作補助器

脳梗塞を患ったA・ドレーアさんの手は、後遺症の麻痺(まひ)で動きません。しかし、新技術のロボットアームを使えば、彼女が頭の中で行いたいことを考えるだけで動かすことができます。彼女は頭の中で「開け、開け」と、麻痺した手に命令を送ると、それを頭部に付けたセンサーが読み取る。彼女が「開け」と命令を送ると、補助機器が、彼女の目の動きの細微な特徴を読み取り、麻痺した手を動かすのです。

M・ナン博士は説明します。

「命令を何度も脳内で繰り返すことで、AIが人間の感情を読み取る学習をします」

ドレーアさんは、「このロボットアームによって、麻痺してしまってずっと動かなかった手が動くようになり、感無量です」と言います。

また、S・ソエカダール教授は、〝エキゾスケルトン・クラップ〟と呼ばれるロボットアームの開発を目標にしています。これは、接続されたロボットアームの部分へデジタル化された思考を送り、それによって動作を可能にするというものです。テストでは、多くの麻痺した患者の手が、このエキゾスケルトン・クラップを使うと、手で物を持つことが可能になったことを見せてくれます。そして、もっと進化させれば、脳梗塞患者にも使用できると言います。

「患者さんがこれを規則正しく使用することで、AIが学習してさらにもっと上手に動かせるようになります。ロボテックの操縦面においては、AIが最も重要です」と教授は続けました。

しかし、技術革新が進んでも、大きな問題がEUにあるのが実情です。

EUが医療新技術開発の障害となる

「AIは人間に黄金時代を呼ぶか、それともロボカリプスか?」

映画「ロボカリプス」は、反乱したAIロボットと人間との闘いの話です。ここでこのような映画を出してくるところが、欧州的なぺシミスティック(シニカル)を感じますが、AIが拓いた未知の世界の可能性は無限です。専門家は、AIを駆使した開発の成功は時間との競争、チャンスとリスクが同居していると言います。

AI制御のエキゾスケルトン・クラップを使用することで、麻痺した手が動く。しかし、その処方箋を医者は書くことができません。認可されていないからですが、教授や開発チームの責任でもありません。EUの新規則が、最近申請された医療新技術の認可を不可能にしているからです。

EUには、MDR(Medical Device Regulation;欧州医療機器規則)というものがあり、ドイツにもこの規則が当てはまり、ドイツが勝手にはできません。2020年5月まで、EU加盟国が作ったすべての医療機器の審査認定をMDRですることになりました。EU各国の仕様を統一することで品質を高め、ばらつきをなくすということは、良いことだと思います。

しかし、予定されている58カ所の申請所のうち、前倒しでできたところはわずか7カ所、とても期限までに全部は無理。そして、前倒しの7カ所では全く足りていません。このような状態なら、ロボカリプスが現実に起こる以前に、開発自体が消滅しそうです。

医療関係の新商品や新開発が市場で減少

医療技術協会が、ドイツ工業協会と協力して行ったアンケートによると、79%の医療機器開発業者が「新開発が困難になった」と、答えたそうです。

「ある時期を境に、極端に新開発商品が減少していることに、警戒感を持つ」と続けます。「とくに零細企業であるスタートアップ企業の開発商品の減少が顕著で、AI使用のソフトウェアにも大きな不安を感じる。それはドイツだけのことではなく、EU全体がそうで、一昨年(2018年)くらいから常体化している。今では、減少どころか消滅の危機に向かっている。認可されなければ当然に商品開発は遅れ、それはAI使用のソフトウェアも同様だ」と話す。

ミュンヘンのスタートアップ企業のDeepCもそう感じています。彼らは、医師やIT技術者と協力して、AIを使ったCTの検査評価ソフトを開発しました。医師の診断をより正確にするもので、「CT検査で見逃された脳出血でも、このAIを使ったソフトなら発見されていたでしょう」とDeepC社は言う。

このソフトは、AIが検査中に腫瘍を発見し、マーキングします。しかし、このスタートアップ企業のハイテク医療商品は認可が下りていないため、販売できません。たった7カ所の申請所では、当分認可は難しいでしょう。

「認可が長引けば、ベンチャー企業などはもたないが、それでも申請を繰り返すしかない」と言います。

3D-CTにもAIの利用

ミュンヘン工科大(MTU)のB・メンツェ教授とそのチームは、3D-CTを、AIを活用して開発。これで、より正確な手術が可能になりました。そして、J・キルヒホフ医師は、ミュンヘン工科大のIT技師と共同研究の結果、放射線科の仕事とその自動化に大きな助力となると言います。CT検査や、その後の治療にも大きく貢献することは、患者にとっても良いと高評価しています。

「外科手術では、ここまではっきりと腫瘍は見えません。しかし、これを使用すれば、手術前に切除する部位と残す部位を見ることができます。私たちに手術の失敗は許されません。正確に判断をするために、これは本当に役に立ちます」と言います。

しかし、メンツェ教授は最後に、「医療にAI技術を使うことは、これからますます増えていくでしょう。もしEU以外なら、この技術と製品はすぐに認可が下りるでしょう。例えば、中国なら即時に認可されるでしょうね」と。

EU委員会とのギャップ

「こういった苦境について、EU委員会はどう思っているのか?」と番組の質問に対して、EU委員会からは「患者や開発をする研究者や企業に対して、問題はないと思っている。MDRは一生懸命にやっているし、十分に稼働している。問題なく、遅れもなく、申請所で認可されますよ」との回答でした。

番組のアンケートに答えた企業の多くはEUでの認可を半ばあきらめ、米国や東アジアでの認可に変えてきています。

ウルムにある医療技術会社HKKバイオニックスのD・ヘップは「麻痺した指を動かす装置を開発しましたが、治療器具として認可されません。製作したが認可されないのでは時間の浪費だけでなく、この先、開発に投資ができません。さらに、開発の邪魔になるのが、申請認可期間を終えて初めて商品の販売や使用ができるということです」

経済学者のS・スカダルは、「投資することにおいて、申請認可期間が長くなるのは死活問題です。一定期間後の投資の回収は不可欠なのに、これでは無理です」と締めくくった。

EUの問題がパンデミックではっきりと

「AIの使用により、医療の新技術が飛躍的に進んでいます。しかし、その一方、EUは認可で時間がかかりすぎて、開発の妨げとなっていることがドイツでは多い。患者や新技術に携わる企業と、EU委員会の考えに大きな隔たりを感じる」

簡単に言えばこれだけの話です。しかし、この問題は解決できる問題です、その気にさえなれば。

今回の新型コロナウイルスのパンデミック(世界的な大流行)で、僕もEUの存在やそのやり方について考え直しました。

今回のパンデミックで、EU諸国が目指した方向や手法はほぼ同じでした。しかし、各国の国情が違い、結果に大きな差が出てしまいました。ドイツは、EUの中では死亡者も少なく、対応に成功したように見えます。しかし、対岸の火事と思っていたこともあり、当初人々の反応はかなり鈍く、本来ならもっと救えた命があったはずです。

「基本的な防疫をして、その上でマスクを」と政府が言い出したのは、つい最近のことです。元々マスクの在庫が少ないうえ、先ずプライオリティの高いところに供給して、国民がパニックにならないようにとの配慮から今頃言い出したのでしょうか?

ドイツ人も含めEUの人々は今回のことで、食料品以外でも一定の自給自足の大事さが身に染みたと思います。そして、EUという大枠があっても、いざとなれば各国単位で対処せざるを得ないということの再認識も。

冷戦終了時に、僕はもうミュンヘンに住んでいました。当時、これからは東欧に工場を作り、経済的にも大発展すると人々は言い、最初はそのように動き始めました。しかし、ほぼ同時期にアジアでも工業的な勃興(ぼっこう)が始まり、東欧で作る予定だったものの多くがアジアに。印刷や製本など斜陽になるのがわかっているような産業は、東欧に移転して少し喜んでもらえましたが、多くの期待とは違っていました。

その後、EUは拡大を続け、大きくなればなるほど団結するのは難しいが、そう見える努力をしてきました。そのためにEU内の規則が次々と生まれ、人々とEU委員との乖離は、どんどん広がるばかりでした。

「経済的にどんなに損をしても、EUなんかに縛られたくない」という非合理的なイギリス人の心境も、最近は理解できるようになってきました。EUの理想は、僕も大好きです。しかし、EUを仕切っている人々は選挙で選ばれたわけでなく、日本の官僚のような人だとわかってきました。

「面倒なことはEUでやらずとも、よそでやってもらえばよい。正しいことを言っていれば、そのうちに世界はついてきてくれる」と、EUは思っているように時々感じますし、そう思っている人も多いと思います。

今回の新型コロナウイルスのことで、先ずは自分たち家族が大事、次にこの国が大事と、優先順位がはっきりしました。誰を、何をプライオリティにするか、改めて気づかされました。

「EU内を平等にするために、ドイツのQOL(生活の質)を本当に落としても平気か?」

今回のパンデミックの前後では、違う答えの人が増えたと思います。「ドイツの医療のことなら、ドイツが決めてもよい」と。

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