腫瘍内科医のひとりごと 130 がんと就労について

佐々木常雄 がん・感染症センター都立駒込病院名誉院長
発行:2021年10月
更新:2021年10月

  

ささき つねお 1945年山形県出身。青森県立中央病院、国立がんセンターを経て75年都立駒込病院化学療法科。現在、がん・感染症センター都立駒込病院名誉院長。著書に『がんを生きる』(講談社現代新書)など多数

Sさん(45歳 女性)の話です。2人のお子さんは小学生となり、ある会社に週3日の非常勤職員として勤めはじめました。会社は自宅から電車で30分くらいの駅前のビルの5階にあり、仕事はデータの整理などで、きついことはなく、淡々とこなすことができました。

給与は安かったのですが、勤務時間が10時から午後3時までで好条件でした。働く前に、近医を受診して健康診断書を書いてもらい、とくに問題はありませんでした。

面接で隠したつもりはありません

3カ月経ったある日、Sさんは「明日、病院に行く予定があります。休ませていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」と事務長に話しました。

事務長「何か体調が悪いのですか?」
Sさん「いえ、とくになにもありません。定期の検診です」
事務長「定期の検診って、なんですか?」
Sさん「はい、私、乳がんの手術をして8年になります。これまで再発もないのですが、年2回の定期の検診です」
事務長「採用面接のときに、どうしてそのことを隠していたのですか?」
Sさん「えっ! なにも隠したつもりはありません。でも、このことも話さないといけないのですか?」

翌日の検診では再発もなく、無事終わりましたが、このときから事務長とはうまく話せなくなってしまいました。

結局1カ月後、その会社を辞めることになり、そして、また仕事を探さなければならなくなりました。ちょうど、そのころ、時の総理大臣が「自助」と話されたのを新聞記事で知り、とても暗い気持ちになったそうです。

自助の前に必要な公助と共助

日本では、生涯で2人に1人はがんになり、そしてそのうち3人に1人は就労が可能な年齢です。働きながら、あるいは、職場復帰をしながらがん治療ができるシステム、社会作りが大切です。がんの治療と職業生活の両立です。

治療はしっかり行われ、そして職業生活が続けられるために、もし、なにか困ったときは、全国にがん診療連携拠点病院や地域がん診療病院の「がん相談支援センター」があります。そこには社会保険労務士がいるセンターもあります。相談するのに、がん相談支援センターのある病院に通院していなくても構いません。

一方、企業や事業所は、がんに対して正しい知識を持ち、従業員ががんに罹患しても働き続けられる職場環境づくりが必要です。経営者や人事労務担当者などを対象としたハンドブックを東京都が作成し配布していますが、とても十分とは言えません。

社会は「自助」を言う前に、「公助」「共助」がしっかり行われなければならないと思うのです。とくにAYA世代(15歳から39歳)に対しての社会保険制度は脆弱だと思います。

また、がん担当医においては、診断や治療にばかり追われ、その後の患者の職場復帰などにまで考えが及ばないことがあります。がん相談支援センターと一緒になって、治療と仕事の両立を検討して欲しいと思います。

担当医が忙しいのはわかりますが、少なくとも、患者が仕事のことを気軽に相談ができるようでなければなりません。

乳がんでは、再発はなくとも、ホルモン療法を10年間行うこともあり、この場合は長期通院となります。幸い、Sさんは別の会社が見つかり、元気で勤められているようです。

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